電話を終えて店の中に戻ると、なんだかさっきまでの牧野の雰囲気と違う。
俺をチラッと見た後、明らからに慌てて視線を逸らすこいつ。
そして、
「あたしっ、そろそろ帰ります。」
と、突然鞄をゴソゴソし始めた。
「なんだよ、もう少し残ってんじゃん。」
牧野の前にあるグラスを指差して言う俺に、
「み、観たいテレビがあるんで。」
と、挙動不審の塊。
「司、送ってやれよ。」
「いやっ、いいです!お二人はそのまま呑んでてください。」
「俺たちも、もう…。」
「それじゃ、お先にっ。」
人の話なんて聞かねぇこいつは、あっという間に立ち上がり出口へと突き進む。
スタートが遅れた俺は、牧野の後を追うと、財布からカードを取り出して金まで払おうとしてやがる。
「おまえっ、何やってんだよ。」
「えっ?あの、この間、ご馳走になったので。」
ご馳走?
首を捻りながら考えると、どうやらあのファストフードの事らしい。
「バーガー1つでご馳走って」
「生徒たちの分もあるから」
俺はこいつが出していたカードを奪い、代わりに俺のカードを店員に渡す。
「道明寺さんっ、」
「うるせーぞ。」
「でもっ、」
「他の客も見てるから、格好付けさせろ。」
そう言うと、周りをキョロキョロ見た後、大人しくなる牧野。
会計を終えて店を出ると、相変わらず律儀に深々と頭を下げ、
「ご馳走様でした!」
と、言う。
こういうところが、体育会系のノリなんだよな…と顔が緩む。
「今度は絶対あたしが奢りますっ。」
「おう、期待してる。」
そう話していると、俺たちの横スレスレを車が通り抜けて行こうとする。
俺は咄嗟に牧野を引き寄せて、俺の身体で庇う。
すると、また挙動不審になったこいつは俺から一歩距離を取り、「お疲れ様でした。」と、小さく呟くと、タイミングよく通りかかったタクシーに乗り込んで帰っていった。
俺は確信する。
総二郎のヤロウ、牧野に何か言ったな。
店に戻り、総二郎の前に座ると、
「何した?」
と、腕を組みながら睨みつけてやる。
「ん?」
「あいつに何言った?」
「あ、バレちゃった?」
「バレちゃったじゃねーよ、アホ!
何言ったんだよ、内容によってはタダじゃおかねーからな。」
あれだけ挙動不審になるんだから、ろくでもねぇ事を吹き込んだに違いない。
「司のパーソナルスペースについて2人で語っただけ。」
「パーソナルスペース?」
「そう。」
総二郎が言うには、俺の世界一広いパーソナルスペースに、牧野は侵入許可されていると話したらしい。
「ったく、だからかよ、挙動不審に距離を取ろうとしやがってた。」
「マジ?しかも、喜ぶどころか、逆に距離を取ろうとしてたのかよ。ギャハハハハー。」
笑い事じゃねぇ。
近くにあったおしぼりを総二郎に投げつけると、それを見事にキャッチしながら、今度は真剣な顔で言う。
「で?司はどこまで本気?」
「あ?」
「彼女を気に入ってるのは分かるけどよ…、」
そう言って俺の顔を覗き込んでくる総二郎に、ワインのグラスを一気に空けながら言ってやる。
「明日、すぐにでもまた会いたいって思ってるぐらいには、本気だ。」
…………
完全に距離を取られた相手に、ズカズカと電話をかけれるほどデリカシーがない男じゃない。
ただ、何かの理由をつけて会いたいと思ってるくらいには、牧野への好意は膨らんでいる。
どう攻めたらいいか…そんな事を思って過ごしていたある日、仕事帰りに立ち寄った本屋で見慣れた奴らに出会った。
「よっ。」
「おー、道明寺先生だぁ!」
一斉に叫び出すこいつらに、
「うっせぇ、静かにしろって。」
っと、頭を小突いてやる。
久々に会う星稜高校バレー部員たち。
相変わらず図体は俺並みにでかくて、荷物も多い。
本屋では邪魔でしかない奴らも、高校生らしく参考書の棚の前で集まっている。
「偉いじゃん。勉強か?」
「まぁ、強制的にしなきゃいけない状況に追い込まれてまして。」
「ぷっ…なんだよそれ。」
「今度のテストで赤点取ったら、俺たちヤバイっす。
成績悪すぎて試合に出させてもらえないって牧野先生が教頭から言われてて。」
生徒の成績を顧問の先生のせいにするのはどこの学校でも同じだ。
「テストはいつだよ。」
「2週間後です。」
「週末、死ぬ気で勉強しろ。」
「って、思いますよね?でも、明日の土曜は大会なんっすよね。終わったらクタクタで勉強どころじゃねーし。」
そう言ってやる気ゼロの奴らに、俺は聞いていた。
「大会って、どこでやるんだ?」
「◯◯アリーナです。
おっ、道明寺先生、応援に来てくれませんか?」
「あ?」
「来てくださいよっ!道明寺先生が来たら……。」
そこでハッと口を押さえる生徒に、その先を言えと目で合図すると、
「道明寺先生って、イケメンで有名で。だから、道明寺先生が応援に来てくれたら、俺たちの試合も女子たちが見に来てくれるかなーと思って。」
と、バツが悪そうに話す。
まぁ、奴らの理由は不純だが、俺的にもその誘いに乗っかりたい不純な動機がある。
牧野に会える。
「分かった。応援に行ってやる。」
「マジっすかっ!!」
「おう。うちの学園の生徒にも声かけしておいてやるよ。」
そう言って俺は奴らに手をあげて、本屋を出た。

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