六本木の夜は、相変わらず人が多い。ネオン、笑い声、タクシーの列。どれだけ時間が経っても、この街は眠る気がないらしい。
あきらから、『偽物の道明寺が現れた』と30分前に連絡が来た。急いで邸を飛び出してきたが、店の前に着くと、入口脇の街灯の下に見慣れた顔が立っていた。
「道明寺さん」
俺の顔を見るなり、来い来いと手招きして細い脇道へと入っていく女刑事。
「連絡受けたから来たんですけど、あと少し待って貰えます?応援の山本も来るんで。」
俺は腕時計を見ながら答える。
「待てねーな。」
「えっ?」
「今、中にいるんだろ?応援を待っている間に逃げられたら終わりだ。」
「でも、警察としては色々と手順が…、」
その先を説明しようとする刑事。
でも、俺には関係ない。
三十分も“道明寺司”の名前で好き勝手やっている男を、これ以上のさばらせる気はなかった。
「あっ、ちょっと待って!」
「手順があるならお宅らは好きにしろ。俺は先に行く。」
「道明寺さんっ!」
慌てて俺の腕を引っ張るこいつに、俺は静かに言った。
「ここで逃げられたら、さらに未成年の被害者が増えるかもしれねーぞ。そうなったら、あんたらも面倒だろ」
刑事はだまり、数秒考えたあと、
「わかりました。ただし、あたしのあとに付いてきてください。一般人に先に突っ込まれるのだけは避けたいので。」
と、覚悟を決めた声。
少し笑いそうになりながらも、
「努力する。」と呟き店へと向かった。
刑事の後に付いて店に入ると、奥のVIP席にそれらしい男が座っていた。
ソファにふんぞり返り、両脇に女を侍らせ、テーブルには開けたばかりの高級シャンパンが三本。さらに年代物のウイスキーまで並んでいる。
派手に使ってるらしい。
そいつは、俺と背格好も同じくらいで、似せた髪型をしていた。スーツも高そうに見せているが、生地が安い。時計も偽物。靴も趣味が悪い。
「店長に事情を説明するから3分待って。」
と刑事に言われ、男から少し離れた場所で様子を伺っていたが、男が女の太ももに手を置きいやらしく撫で始めた瞬間、我慢できずに動いた。
俺はそいつのテーブルまで真っ直ぐ歩き、並んだ酒瓶を見下ろした。
「今日もずいぶん金遣い荒いな。」
「あ?誰だおまえ。」
「おまえこそ、誰だよ。」
「フッ…俺は道明寺司だ。」
悪ぶれもなく俺の名前を使いやがるこいつ。
「そうか。じゃあ確認してやる。
道明寺ホールディングス本社ビルのオフィスの暗証番号は?」
「……は?」
「NY本邸の地下ワインセラーの暗証番号は?」
「な、何言って、」
「道明寺司の秘書の名前は?そして、その秘書が俺の事を普段どう呼んでる?」
「し、知らな…」
「坊っちゃんだよっ!俺が本物の道明寺司だからな。」
男の顔色がみるみる変わる。
そこで後ろから、刑事の低い声が飛ぶ。
「待てって言ったでしょ!警察です。ちょっとお話伺わせてもらえる?」
その言葉に男がゆっくりと立ち上がった。観念したか?そう思った瞬間、テーブルの上にあったボトルを掴み壁に一撃させたのだ。
中に入っていたシャンパンと割れたガラスが店内に飛び散り、両側にいた店の女が悲鳴を上げて逃げ出す。
そのパニックの中、男は割れたボトルを持ちながら入口へと逃げていく。
咄嗟に女刑事が男の手を掴み静止させようとするが、男も大柄でかなり力は強く、刑事を跳ね飛ばしさらに割れたボトルで刑事の喉元めがけ威嚇しようとした。
その瞬間、俺は渾身の一撃を食らわしてやった。
男の背中めがけて蹴りを入れ、奴がふらついた所で後ろから羽交い締め。
10秒もしないうちに男はヘナヘナとその場で動かなくなった。
「えっ、えっ、ちょっと、息してるっ?」
慌てる刑事に、言ってやる。
「大丈夫だ。気を失ってるだけだ。」
「あんた、加減って知らないの?」
「知ってる。今日は軽いほうだ。」
………………
1時間後、あたしたちは警察署の中にいた。
偽物の男は取調室へ連れていかれ、桂木警部補たちは慌ただしく行き来している。
そんな中、あたしは署内の隅にあるベンチにいた。
男を確保した際に、振り回された割れたボトルで、軽く右肘を切ってしまったのだ。
大した傷ではないが、服がこすれてヒリヒリと痛む。
救急箱から絆創膏を取り出し、貼ろうとしても、左手ではうまく貼れない。
絆創膏の端が指にくっついて丸まり、ぐしゃっと潰れ、すでに2枚をダメにした。
「最悪……」
小さく呟いて、また新しい一枚を取り出した時だった。
「手伝ってやろうか。」
聞き慣れた、偉そうな声。
顔を上げると、廊下の照明を背に道明寺司が立っていた。
参考人として事情聴取を終えたらしい。
「大丈夫です。」
そう言ってみたものの、3枚目の絆創膏も駄目にしてしまいそうなあたしを見て、クスッと鼻で笑ったこの人は、あたしの手から絆創膏を取り上げた。
「ちょ、いいですっ。自分でできます」
「できてねーだろ。」
「………。」
戸惑うあたしに、一言。
「俺が無茶したせいで怪我させたしな。」
……そんなこと、気にするんだこの人は。
器用な指先で包装を剥がし、あたしの右腕にそっと貼る。
大きな手だった。
さっきまであの男をねじ伏せていた手とは思えないくらい、丁寧で。
「OK、終わり」
顔を上げると、近かった。
思ったよりずっと近くに彼の顔があって、あたしは反射的に視線を逸らす。
「……ありがと」
小さく言うと、
「どういたしまして。」
と、キャラじゃない言葉が返ってきて、妙に調子が狂う。
すると、取り調べを終えた山本が廊下に顔を出し、大声で叫んだ。
「先輩、取調べ——……あっ!」
あたしと道明寺司の距離を見て、一瞬固まる。
「……すみません、お取り込み中でしたか?」
「違う!」
即答で否定するも、
「どうぞ、ごゆっくり」
と、再び取調室に消えていく山本。
「待ちなさい山本!」
逃げるように去っていく後輩の背中を睨んでいると、その横で道明寺司が立ち上がった。
「じゃあ、またな、刑事さん。」
去っていくその後ろ姿を見ながらあたしは思った。
一応、事件は解決した。また彼と会うことはあるのだろうか。
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