お茶会があった日から10日ほど経った週末、あたしは和菓子店に来ていた。
ショーケースに並ぶ和菓子を見ながらどれにしようかと悩んでいると、あたしの背後でお店の扉が開く音がした。
「お邪魔します。」
「あらあら、西門さん、ようこそ〜。」
店の女将が嬉しそうにそう話すから、気になって後ろを振り向くと、そこにいたのはこの間のお茶会の主催者であった西門総二郎さんだった。
西門さんもあたしに気付き、
「おっ、この間お会いしましたよね?確か…牧野先生でしたっけ?」
と、屈託なく笑う。
「はい。こんにちは。」
「お買い物ですか?」
「…実はこの間のお茶会で頂いたお菓子がとっても美味しかったので。」
普段、和菓子を食べ慣れていないあたしだけど、この間のお茶会で食べたお菓子はとても美味しくて、週末時間のある時に買いに行こうとお店の名前をメモしていたのだ。
「それは嬉しいですね。
女将、和菓子のセットを牧野さんに用意してあげて。
今日は俺からのプレゼントで。」
「えっ?」
「ここの和菓子はどれも最高に美味しいんだ。それを詰め合わせたセットがあるから、是非食べてみてよ。」
そう言ってあっという間にあたしの手に和菓子のセットが入った紙袋を持たせる。
そして、お金を払おうとする西門さんにあたしは慌てて言う。
「自分で払うんでっ!」
「いいから。」
「いや、いや、ダメですって!」
あたしの抵抗も虚しく、完全にプレゼントという形になってしまった和菓子。
お店を出て、あたしは西門さんに深々と頭を下げる。
そんなあたしに、西門さんが聞いた。
「司は元気?」
「え?司…あー、道明寺先生ですか?」
「そう。」
「どうでしょう。あのお茶会の日以来会っていないので。」
そう答えると、なぜか西門さんは渋い顔をしながら、
「ったく、何やってんだよ司は。」
と、呟く。
そして、急にあたしに聞いた。
「牧野先生、これからの予定は?」
「は?」
「誰かと待ち合わせ?」
「…いえ、家に帰って頂いた和菓子を、」
そうあたしが答えている途中で、西門さんはおもむろに携帯を取り出しどこかにかけ始めた。
「おう、司。今何してる?」
どうやら道明寺先生に繋がったようだ。
すると、次の瞬間、思いがけない事を西門さんが言った。
「今から牧野先生と夕飯食いに行くんだけどよ、おまえも来るか?」
「…え?ちょっと西門さんっ、」
慌てるあたしに、ニコッと笑ったまま、電話に向かって言う。
「たまたま和菓子屋で会ったんだよ。意気投合して2人でこのまま食事に行こうって事になった。まぁ、一応、おまえに報告しておこうかと思って。じゃあ、そういう事だから……、クックッ……、場所は後でメールする。焦って事故んなよ。」
楽しそうに笑いながら電話を切った西門さんは、何事もなかったように、
「牧野先生、何食べたい?」
と、聞く。
「いや、あのっ、全然あたしたち意気投合してませんし、これから食事に行こうなんて話しも一切してませんよね?」
「あー、そうだっけ?
俺的には、女性に、この後の予定は?って聞いたら、朝までコースのつもりなんだけどな。」
朝までコース?
何言ってんのか、頭がついて行かないあたしに、西門さんはまた楽しそうに笑いながら、
「面白い事になりそうだな…」と呟いた。
……………
西門さんに連れてこられたのは、お洒落なレストラン。
ワインやチーズの種類が豊富で、西門さんは手際良くワインを選び、あたしの前にグラスを置いてくれる。
「先に飲んでようか。」
「道明寺先生も来ますよね?」
「多分ね。来て欲しい?」
ほぼほぼ初対面の西門さんと2人で食事をするよりも、道明寺先生がいてくれた方が断然いいに決まってる。
最初は緊張気味だったあたしも、西門さんの巧みな話術に徐々に力が抜けてくる。
さすがお茶の師範だけあって、話が上手だし、人を惹きつけるそのルックス。
道明寺先生もそうだけど、そのお友達の西門さんもかなりのイケメンだ。
道明寺先生がクールなのに比べると、西門さんはいつもニコニコしていて、打ち解けやすい。
そんな事を思っていると、店の入り口から長身のシルエットが見えた。
「あっ、道明寺先生だ。」
そう呟くと、まっすぐにあたしたちの方へ向かって来た道明寺先生が、奥側に座るあたしの隣へ滑り込んできた。
「総二郎、おまえ殺すぞ。」
一言目から教師とは思えぬ発言。
「ぷっ…おまえ汗かいてんじゃん。とりあえず、いいからこれ呑め。」
そう言って西門さんが、道明寺先生にワインのグラスを差し出すと、何の躊躇いもなく一気にグラスを空けた後、今度はあたしの方を見て、
「大丈夫か?」
と、聞いてくる。
大丈夫ですか?と聞きたいのはあたしの方だ。
そんなに一気にワインを飲んで…。
「どうせ総二郎に強引に誘われたんだろ?」
「いや、…ええ、まぁ。」
本人を前にどう答えていいか分からないと、
「おまえがモタモタしてるからだろ。」
と、西門さんが道明寺先生におしぼりを投げてくる。
「うっせぇ。」
「こういう事は少しくらい強引にいかねぇと。」
「強引すぎんだよっ。」
「経験値が断然俺の方が上だからな。」
「そのうち8割はいらねぇ経験だけどな。」
なんの会話をしているのかさっぱり分からないけれど、口喧嘩が始まった2人。
こういう事には慣れている。
男子校の生徒なんて、毎日毎日喧嘩のオンパレードだから。
「はいっ、もう喧嘩は終わり!」
思わず、生徒に叱るようにそう言ってしまったあたし。
すると、隣に座る道明寺先生があたしを見た後、少しだけ笑いショートカットの後頭部あたりをワシャワシャっと素早く……撫でた。
もう、……なんだろこの感情。
いつも男ばかりに囲まれて暮らして来ているのに、こういう感覚は初めてで、どう反応すれば良いか困る。
ファストフード店で、「女を一人で置いていけねぇだろ。」と言ってみたり、帰り際にカーディガンを貸してくれたり、今もこうしてサラッと頭を撫でたり…。
恋愛初心者のあたしにはかなり戸惑う事案だらけなのに、この人は顔色変えずにしている所を見ると、きっと道明寺先生はこういう事に慣れているのだろうか。
まぁ、このルックスでモテないわけがない。
クールな雰囲気を武器に相当遊んでいるはず。
隣に座る道明寺先生の顔をチラッと見た後、あたしは自分に言い聞かせた。
鳴るな、あたしの心臓っ。
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コメント
あーー鳴っちゃたかーーー。
落ちちゃったかー。
いやつくしちゃんガンバったよ。さ!どんどん素直にいこう!
(あ、司くん、もうちょっとだよ!もうひとおしよ!頑張って)