それから3日たった放課後、俺が受け持っている茶道部の部室にいると、携帯が鳴った。
画面を見ると、
『女教師』の文字。
やっときたか…。
あの夜、女教師に上着を貸した。
下心があって貸した訳じゃねーけど、連絡が来るのを待っていなかったと言えば嘘になる。
あれ以来、たびたび俺の脳裏にあの教師が出現する。
朝起きると、なぜかあのサラサラとしたボーイッシュなショートカットが浮かんだり、夜寝る前にはピンク色の唇を思い出す。
その時間がなぜか心地よくてやめられない…とは口が裂けても言えねぇ。
ようやく鳴った携帯を耳に当て、
「もしもし。」
と、言うと、
相変わらず律儀に、
「星稜高校の牧野と申します。」
と、初めましてのレベルで挨拶が返ってくる。
「おう、お疲れ様です。」
「先日はご馳走になりありがとうございました。
あのー、お借りしていたカーディガンですが、お返ししたいんですけど、いつ、どこに持っていけば…。
再来週の駅前清掃ボランティアには行かれますか?もしその時で良ければ、」
ちょうどその時、壁に貼り付けられている一枚のポスターが俺の目に飛び込んできた。
『秋のお茶の集い』
それを見ながら俺は言う。
「今週土曜日、空いてるか?」
「え?」
「空いてるなら、ちょっと付き合え。」
「…ど、こに?」
「茶道部の茶会が◯◯ホテルである。
近隣の高校の茶道部も集まってパフォーマンスをするから、
まぁ、勉強をかねて見ておいても損はねーと思う。」
我ながらズルい誘いだとは思ったが、早朝の清掃ボランティアよりはいいだろう。
「お茶会ですか…。あたしそういうのは初めてで。」
「男子生徒も結構来てる。将来的に星稜高校にも茶道部が出来るかも知れねーし。」
「そう…ですね、分かりました。じゃあ、その日にカーディガンお返しします。
時間と場所、もう一度教えてください。」
ポスターに書いてある時間と場所を告げて電話を切った後、俺は、携帯の登録名を『牧野』と入力し直した。
………………
土曜日。
◯◯ホテルは着物を着たご婦人たちと制服を着た学生で溢れていた。
さすが西門家が主催する茶会だけある。
毎年春と秋に開かれる大きな茶会は、総二郎が主となって大々的に行われている。
近隣の高校の茶道部によるパフォーマンスもあり、素人が来ても十分楽しめる。
約束の時間の13時。
ごった返しているロビーの中に、待ち人を見つけた。
白のフレアーブラウスにグレーのパンツ姿の教師。
華奢な体型によく似合っている。
長身の俺を見つけて、ホッとしたようにペコリと頭を下げたあと、小走りで近づいて来た。
「凄い混んでますね。」
「ああ。」
「お茶会なんて初めてですけど、こんなに沢山の人が集まるもんですか?」
「まぁ、お目当てのものが他にもあるからだろーけどよ。」
そう呟いて壁のポスターを見る。
そこには、相変わらずキザな笑みを浮かべる総二郎の姿。
たぶん、ここに来ている奴らの半分は、お茶よりも総二郎を一眼見たくて来ているに違いない。
茶会の会場である2階に移動すると、そこには来場者用にお茶の道具や器、お茶菓子などが並べられたスペースもあり女教師は興味深そうに眺めている。
そして、高校生によるパフォーマンスや展示ブースを見て回っていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「司、来てたのか?」
「おう、総二郎。」
「珍しいじゃん、おまえが展示ブースなんて見て回って先生らしい事してるなんてよ。」
そう言って着物姿の総二郎が俺の肩を小突いた後、俺の隣にいる教師に視線を移し、ん?という表情で俺を見る。
「同業者だ。」
そう答える俺に、
「ん?先生?」
と、ニヤけながら聞く総二郎。
「あっ、初めまして星稜高校の牧野と申します。」
いつも通りのお決まりの挨拶。
「星稜高校?なんだ、白百合学園じゃないんだ。
へぇー、今日はまたどうして司と?」
「それはあの、カーディガンを借りて……いえ、
お茶会があると誘って頂いて…いえ、
星稜高校にもいつか茶道部が出来た時のために勉強しに来ました。」
きちんと正確な事を言おうと何度も言い換えるこいつに対して、一気に色々な情報を仕入れることに成功した総二郎。
「ふーん、なんか面白いじゃん。
牧野先生、どうぞゆっくり見ていって下さい。
あっちのスペースにお茶菓子の試食コーナーがあるので是非。早めに行かないと無くなりますよ。」
「へぇ?あっちですか?」
総二郎の作戦に引っ掛かった女教師は言われるがまま奥のスペースへと歩いていく。
その後ろ姿を見ていた総二郎が俺に囁く。
「司が女連れで来るなんて、雪が降るんじゃねーの?」
「うるせぇ。」
「カーディガンを貸して餌を撒いた後、茶会に誘って引き上げて、この後食っちまう気か?」
ニヤつきながらそう言う総二郎に、
「この高そうな着物、メチャメチャに破ってやろうか?」
と、わざと襟元を直してやりながら言う。
そんな俺らに、周囲の奴らが熱い視線で息を呑んで見ているのが分かる。
「司、女は優しい男が好きだからな。
あの先生がおまえにとって特別なら、もっと分かりやすく優しくしてやれよ。」
女ったらしのおまえの言う事なんて聞くかよ……と、思いながらも、
女に優しくするなんてした事がない俺は、目線の先にいる女教師を見て、ふぅーっと小さくため息を漏らした。

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