3月下旬。
都内のワインレストランで英徳大医学部の『打ち上げ』が開かれていた。
今年の国家試験の合格率は90%以上で、出席している教授たちも満足げ。
6年という学生生活を終えた俺たちも、かなりハイペースで酒が進んでいた。
一次会が終わり、二次会へ。そして今から三次会のカラオケ店へ流れていく同期たちを横目に、俺は1人で反対方面へ歩いていると、
「道明寺くん。」
と、呼ぶ声がして振り向く。
「白石、三次会は?」
「カラオケはパス。
道明寺くんは?もう帰るの?」
「ああ。かなり酔った。」
そう言う俺の足取りは、今まででMAXのおぼつかなさ。
空きっ腹にワインをハイペースで流し込んだのが効いたらしい。
「大丈夫?」
「ああ。気にすんな。」
「どうやって帰るの?」
その返事の代わりに携帯を耳に当て、タクシーを呼ぶけれどなかなか繋がらない。
「この時間はタクシーつかまらないわよ。」
「はぁーー。」
「あと1時間もすれば空くから、少しそこのお店で一緒に待たない?」
白石が指さすのは小さなバー。
もう酒は勘弁してくれと思う反面、この頭がグルグル回る状態で歩き続けるのも辛い。
「ここでタクシーがつかまるまで時間を潰そう。」
その白石の言葉につられて俺は店の中へと入った。
店はカウンターが10席ほどと、テーブル席、その奥にソファ席があり思った以上に広い。
白石はどんどん店の奥に進み、1番奥のソファ席に座った。
「道明寺くん、何飲む?」
「俺はアルコールはやめとく。」
そう言って冷たいお茶を頼んだが、白石はカクテルを。
「酒、つえーんだな。」
「そう?道明寺くんは弱いんだ。」
「これでもかなり飲まされた。しかも、この間から体調悪くて、その身体にはキツい。」
3日前から喉の痛みと咳が出てる。
実習と試験が無事に終わり、気が抜けたのか久しぶりの風邪だ。
とりとめない会話をしながら、1杯目のカクテルを飲み終えた白石。
それを見て、そろそろ行くか?と声をかけようとした時、
白石が俺を上目遣いで見て言った。
「道明寺くん、……ホテル行かない?」
「……あ?」
突拍子もない誘いに、眉をひそめると、
さらに白石が続けた。
「お互いフリーなんだから、こんな日くらい羽目を外してもいいんじゃない?」
ようやく白石が俺を誘った意図を理解して嫌悪感が湧く。
「やめろ、そういうの。」
「どうして?
彼女と別れて随分経つでしょ?」
「先に帰るぞ。」
「待って!
ねぇ、私じゃダメ?
酔った日って、そういうこと、したくない?」
俺の手を握りそう言う白石。
好意を向けられていることは前から気付いていたけれど、ここまであからさまに誘って来るとは思わなかった。
「白石、マジでやめろ。」
「……道明寺くん。」
目にじわっと涙が溜まるこいつを見て、勘弁してくれと思いながら、はっきりと突き刺さるように言ってやる。
「おまえとは間違ってもそういう気にはなんねぇ。俺は、今でも牧野が好きだ。」
「…………。」
「酔った日はいつも以上にあいつが頭から離れねぇ。こうやっておまえと飲んでいる間も、脳内は牧野をめちゃくちゃに犯してる。
俺ってそういう奴だ。だから諦めろ。」
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職場の中学校が春休みに入り、あたしも時間的に余裕ができ、珍しく平日の午後から実家に顔を出していた。
たまには自分の部屋でも掃除をしようと窓を開けると、道路の向こう側からタマさんが大きな荷物を抱え重そうに歩いてくるのが見える。
あんなにたくさん何を買ったんだろう。
慌ててあたしは階段をおり、靴を履いて玄関を飛び出した。
「タマさんっ、」
「おや、つくしかい?
帰ってきてたのかい。」
「その荷物はどうしたんですか?」
「あー、坊ちゃんにおかずを作って持たせようと思って、買い物してきたんだよ。」
そう言うタマさんの手には食料品がこれでもかというほど詰まった袋が2つ。
「あたし、持ちます。」
「そうかい?じゃあ、キッチンまでお願いしようかな。」
タマさんから袋を受け取ると、久々に道明寺家に足を踏み入れた。
キッチンに着き、袋から買ってきたものをテーブルに並べていくと、なんだか怒りが込み上げてくる。
「まったく、道明寺は相変わらずタマさんにこんな事させてるんですね。」
「ん?なんだい?」
「いい歳して子供なんだからっ。
いくら忙しいって言ったって、こんな飲み物や果物くらい自分で買えるでしょ。
タマさんも道明寺を甘やかしすぎなんです!」
思わずそう不満をぶつけると、
タマさんはあたしを見て困ったように言った。
「坊ちゃんは風邪をこじらせて、3日前に倒れたんだよ。」
「……えっ?!」
「具合も悪いのに、実習先の病院に荷物を取りに行って、そのまま倒れたらしい。
風邪と疲労と二日酔いと。まぁ、色々重なってダウンしたって話だよ。」
「それでっ、今、道明寺は?」
「1日入院したあと、マンションに戻ってる。
ここに帰ってくるように言ったんだけど、マンションの方がゆっくり休めるとかって聞かなくて。」
「道明寺が風邪ひくなんて今まで聞いたことなかったけど……」
「中学生以来かね。まぁ、ここ最近の坊ちゃんは、彼女に振られて食事も喉を通らず、痩せてきてたからね〜。」
そう言って、あたしをギロリと睨むタマさん。
「あ、あたしのせい?」
「違うのかい?
坊ちゃんをここまで苦しめるのはつくししかいないだろうに。」
「…………。」
黙るあたしにタマさんは微笑みながら
「後でマンションに行って様子を見てくるよ。
どうせ、病院から預かった荷物を届けなくちゃならないからね。」
と、リビングのテーブルに置かれた本やパソコンを指さして言う。
それにあたしも視線を送ると、ふと、その中に見覚えのあるものが写りドキリと心臓が鳴った。
あたしは近づいて行き、それを手に取ると思わずクスっと笑ってしまった。
それは、まさしく、パソコン用のUSBメモリーに取り付けられた『京丸くん』だったから。
あたしたちが初めて結ばれた京都旅行。
そこでお揃いで買った『京丸くん』を道明寺は未だに持っていたなんて。
クスッと笑うあたしのそばまできたタマさんが、
「こんな悲惨な姿になっても大切にしてますよ坊ちゃんは。」
と、呆れたように言う。
タマさんがそう言うのも無理は無い。
なぜなら、京丸くんの身体はもう擦り切れ、薄汚れ、足は糸で縫い直されてもいる。
「手術用の糸で坊ちゃん自身が縫ったそうですよ。」
その言葉にあたしは爆笑してしまう。
ほんとに、バカ。
あの人は、どうしようもないバカ。
「タマさん。」
「はい?」
「この荷物たち、あたしが道明寺のマンションに届けに行ってもいいですか?」
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