『僕らが22歳の春』
俺は医学部の5年生になった。
実習先の大学病院で研修に明け暮れる日々。
そして、つくしは…と言うと、都内の私立中学の教師として赴任することが決まり、俺よりも先に社会人となった。
お互い忙しく、会える時間は少ない。
それに輪をかけて、通勤の利便性を考えて、牧野は学校近くにマンションを借りて一人暮らしを初めた。
「実家から通えよ。」
そう言う俺に、
「土日もなんだかんだ学校に行かなくちゃいけなくて、やっぱり近い方が便利なの。」
と、あっという間に引越しを決めやがった。
残された俺は、相変わらずババァとタマがいる旧宅で暮らしていたが、実習がハードになるにつれ、さすがに辛くなってくる。
少しでも睡眠時間を確保したい。
同期たちが次々と病院近くにマンションを借りていくのを見て、俺もようやく重い腰を上げ一人暮らし用のマンションを契約した。
「週末は帰ってきてくださいな。」
タマの寂しそうな顔。
「ああ、分かってる。」
「食事の支度は、時々タマが行きますから、冷蔵庫に揃えておきますね。」
「ああ、頼む。」
そうして始まった一人暮らし。
平日はほとんど寝るだけの空間。
家具や家電も最小限のものしか置いていない。
そんな部屋に、今日初めて牧野がやってくる。
駅まで迎えに行き、プラプラと買い物をしながら歩いてマンションの下までやってくると、
「これっ?」
と驚いた顔で建物を見上げるこいつ。
「ああ。」
「本気?」
「何がだよ。」
「だって、これって賃貸なの?
家族で住むような物件じゃん。」
牧野が驚くのも無理は無い。
俺の借りている部屋はこの界隈ではかなり高級な物件。
1人で住むには大きいけれど、広さや値段は関係ない。
とにかく、実習先の病院から近いのが決め手だった。
「近けりゃ、どこだっていーんだよ。」
「信じらんない…。」
そう言って呆れたように笑いながら、つくしと部屋へのエレベーターを上がっていく。
引っ越して3週間。
この部屋に誰かが来るのはタマ以外初めてだ。
「わぁ、凄い眺め。」
「だろ?夜になればもっと凄いぞ。」
「ふーん。」
「見てくだろ?夜景。」
久々に会ったんだ、朝まで帰したくない。
窓際にいるつくしの身体を後ろから抱きしめる。
「道明寺、」
「ん?」
「まずは、ご飯の支度しよ。」
「先にベッドは?」
「ダメです。」
「なんでだよ。」
「なんでって、分かってるでしょ!」
一度ベッドに入れば、なかなかつくしを離すことができないのはいつもの事。
付き合って5年目なのに、そういう所は全然変わっていねぇ俺。
「さぁ、ハンバーグ作ろっかな。」
俺がリクエストしたハンバーグの材料を買い物袋から取り出して手際よく準備をしているつくしを見ながら、日々の疲れが癒されていく。
「仕事は?大変か?」
「んー、まぁ、そこそこかな。
中学生って生意気ざかりだと思ってたけど、案外みんな素直で可愛いの。」
「へぇー、」
「道明寺みたいにわがままな子は一人もいない。」
「あ?おまえなぁ、」
じゃれ合いながら時間が流れていく。
ハンバーグの焼けたいい香りが部屋に行き渡り、あとは盛り付け……という時に、俺の部屋のチャイムがなった。
「ん?誰だろ。」
牧野が俺の方を見る。
部屋の壁に取り付けられたインターフォンのボタンを押すと、その画面に知った顔が映った。
「道明寺くん、いる?」
「……おー、」
「シェフが持ってきた料理が多すぎて、少し貰ってくれない?」
その声は、白石美緒だ。
あの、高等部の時に生徒会長だったひとつ上の先輩で、今は医学部の同期。
牧野の方に視線を移すと、俺を見て固まったまま、
「?」の表情を浮かべている。
そんなこいつに、
「待ってろ。」
と言って、俺は玄関へと向かった。
玄関の扉を開けると、
「おつかれ。」
と、笑顔で言いながら俺に大きなプラスティックの容器を手渡す白石。
「うちのシェフが作った料理なんだけど、1人じゃ食べきれなくて。夕飯は?まだ?」
「……ああ。」
「良かった。特製ハンバーグなの。どうせ今日も疲れたって言って食べないで寝るつもりでしょ。
ちゃんと食べなきゃダメよ。
じゃあ、また明日ね。」
言いたいことだけ言いやがって、勝手に帰っていく白石。残された俺の手には欲しくもなかった容器が。
それを持ちながらリビングに戻ると、牧野の視線が痛い。
「今のって?」
「……白石だ。」
「生徒会長?」
「ああ。」
「なんでここを知ってるの?」
勘違いされてもおかしくねぇこの状況。
「食いながら話そうぜ。」
そう言ってつくしの作ったハンバーグをダイニングテーブルへ運ぼうとすると、
「あたしのより、シェフの作ったハンバーグの方が美味しいと思う。」
と、白石が持ってきた容器を指さしながら言うつくし。
「んなわけねーだろ。
俺が食いたいのは、おまえが作るハンバーグだ。」
「どうだか。」
完全に拗ねさせちまった。
このままだとまじで怒って帰るかもしれねーから、誤解がないように、つくしに説明する。
「このマンション、白石の親父が持ってる物件なんだ。」
「え?そうなの?」
「ああ、」
つくしと向き合って、夕食を取りながら、今迄の経緯を話すと……、
この近辺は大学病院やリハビリセンターが並ぶ地域で、一人暮らし用の賃貸物件はかなり多い。
探そうと思えばいくらでもあっただろうけど、実家から通おうと思っていた俺は、周りの奴らよりもかなり遅れて物件探しに乗り出した。
そこに実習が重なって、なかなか時間が取れない。
同期の奴らと話している時に、まだ部屋が決まっていないと愚痴ったところ、
『私と同じマンションなら空いてるけど?』
と、白石が言ってきた。
白石の親父が持ってる物件で、広さも家賃も他の物件に比べると2倍はする。
けど、立地が気に入った。病院からはすぐ目の前。
物件選びにこれ以上時間をかけたくなかった俺は、すぐに契約した。
そして、今に至る。
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夕飯を終え、ソファに2人で並んで座っていると、牧野がポツリと言った。
「白石会長、よく来るの?ここに。」
「あ?来ねーよ。」
「でも、さっきみたいに……」
こいつはまだなんか色々と考えているらしい。
「白石とは何もねーから心配すんな。」
「…………。」
嫉妬してるのか?
その表情が可愛くて、堪らずに軽くキスをすると、
素直に受け入れるこいつ。
それをいいことに、さらに顔を上に向かせ、濃厚なやつを。
ベッドに行くか?
いや、このままソファでするのもたまにはいいか。
そう思いながら、服の中へ手を差し入れようとする俺に、
「道明寺、」
と、つくしが呼んだ。
「ん?」
「一つだけ約束して。」
「あ?」
つくしの言葉に、俺の手が止まる。
すると、こいつが俺を真っ直ぐに見て言った。
「この部屋にはあたし以外の女の人は入れないで。」
つくしらしくないお願い。
こういうヤキモチを今まで俺にぶつけた事なんてなかったから。
でも、逆に、そんな事をこいつの口から言わせた俺が悪りぃ。
「分かってる。約束する。」
俺はそう言ってつくしを抱きしめた。
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