『僕らが23歳の秋』
あたし達の付き合いも6年目を迎えた。
いよいよ半年後には医師国家試験が待っていて、道明寺は勉強と実習のラストスパートに入っている。
去年あたりから病院での実習も増えて、マンションに帰ってきてからも勉強するか寝るかのどちらか。
デートらしいことも1年以上していない。
別にその事に不満はないけれど、はっきり言えば、今のあたし達の状態は『寝るだけ』の関係になってしまった。
あたしの部屋には1ヶ月に2・3度来る程度。ご飯を作って待っていても、ほとんど食べることなくベッドに直行。
朝方まで絡み倒されて、その後は死んだように爆睡していく。
そんな関係がここ1年ほど続いていて、職場の同僚には『牧野さんには彼氏がいない』と思われているし、あたしも胸を張って『いる』とは言えない状態に陥っていた。
ある日、職場の学校が開校記念日で、平日に珍しく休みができた。
部屋の掃除をしていると、道明寺が置いていったシャツや本が溜まりつつあるのが目に入る。
どうせ次来るのはいつものように夜遅くで、朝にはそのまま病院に戻るはずだから、この置いていった荷物を持っていくことはしばらく後になりそうだ。
たまには道明寺の部屋に行って、片付けでもしてあげようか…。
そう思ったあたしは、午前中に部屋を出て道明寺のマンションへと向かった。
ここに来るのはかなり久しぶりだ。
道明寺から貰っていた合鍵をカバンの中から取り出すと、そこに付いているキーホルダーの『京丸くん』がユラユラと揺れる。
道明寺とタマさんと3人で行った京都旅行。
あの時にお揃いで買ったキーホルダーの『京丸くん』
その『京丸くん』を握りしめ、道明寺の部屋の前まで来たあたしが、鍵穴にキーを差し込もうとした時、
突然、中からドアが開いて人が飛び出してきた。
危うく、ドアにぶつかりそうになり、
「わぁっ!」
と声を上げるあたし。
すると、目の前に現れた人があたしを見て言った。
「牧野…さん?」
その声の主は、あの白石会長だった。
「白石会長。」
「ごめんなさいっ、ドアにぶつかった?」
「いえ、大丈夫です。
あのぉー、……道明寺は?」
あたしの問いかけに、白石会長は少し間を置いたあと言った。
「道明寺くん、今病院にいるわ。
着替えを持ってきて欲しいって頼まれたから、取りに来たの。」
「…あー、そうですか。」
「昨日は帰れなくて泊まりだったのよ。
だから、下着とか必要でしょ。
置いてある場所を知ってるのは私だけだから取ってきてくれって。」
まるで、それがいつもの事のように話す白石会長。
道明寺は忘れたのだろうか。
あたしとの約束を。
この部屋にはあたし以外の女の人は入れないでとお願いしたのに、入れるどころか着替えを頼むほど親密になっている。
それが何を意味しているのか…知りたいようで知るのが怖い。
そんなあたしの気持ちなんかお構い無しに、目の前の会長は堂々と
「道明寺くんに何か用だった?」
と、聞いてくる。
「……いえっ、いいです。」
「あなたが来てたってこと伝えておくべきかしら?」
なんだか、あたし自身が分からなくなる。
どちらが道明寺の彼女なのか。
「別に用はないので、大丈夫です。」
あたしはそう言って、マンションのエレベーターに乗り込んだ。
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それから1週間経っても、道明寺からは特に何も連絡はなかった。
白石会長は本当に何も伝えなかったのだろうか。
モヤモヤしたまま時間が過ぎ、思いっきってあたしから道明寺に電話をした。
「もしもし、道明寺?」
「おー、どした?」
「あのね、……」
結局、勇気をだして電話したのに、その先をなかなか言えないあたしは、
「今度の休み、どこかに行かない?」
と、意を決して誘ってみた。
「んー、どこかってどこ?」
「それはまだ決めてないけど、映画とか食事とか、公園散歩するだけでもいーけど、」
「ん。行けそうだったら連絡する。」
「休みいつになりそう?」
「あー、まだわかんねーな。
多分、日曜は休めると思うから。」
そう言って切れた電話。
日曜に会ったら、道明寺に直接聞いてみよう。
白石会長とのこと、そして、あたしとの約束のことを。
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:
日曜の午後。
道明寺からは何も連絡が無い。
午前中は寝ているだろうからあたしから連絡するのは控えていたけれど、さすがに15時をすぎた。
「今日、会える?」
たった1文だけメールを送ると、
「わりぃ、課題を片付けたらそっちに行く。」
と返事がかえってくる。
映画は?食事は?
もう日が暮れちゃうけど、散歩は?
心の中で文句を言いながらそれでもあたしは待っていると、
道明寺が部屋に来たのは19時を過ぎていた。
「相変わらず忙しいの?」
「あー、マジで1日が50時間くらいあって欲しい。」
そう言ってソファに座りあたしを引き寄せる。
「ご飯は?」
「昼が遅かったから腹減ってねぇ。」
「なんか飲む?」
「いや、いい。」
そう答える道明寺の手が、もうあたしの胸に置かれサワサワと服の上から撫でていく。
「道明寺っ……」
「いい匂い。」
あたしの髪に顔を近づけてそう呟いたあと、うなじにキスを落とす。
「道明寺、あのね、話があるから待って。」
「話はあとで。」
「今日はダメっ、ちゃんと話してから、」
そう言うあたしの言葉もキスで飲み込んで、楽々と横抱きにして暗いベッドルームに運ぶこの人。
ここ1年、あたし達はまともに会話なんてしていない。
会えば身体を重ねるだけ。
まるで、それだけが目的のようにここに来る道明寺。
今日だって、デートらしいことをしたかった。ちゃんと目を見て話したかった。
でも、そんなあたしとの時間は道明寺にとって大切なことではなく、それよりも欲求を満たす方が先。
それならば、……あたしとじゃなくてもいい。
他にもいるだろう、……白石会長のように部屋に出入りしている女の人が。
ジワッと目に涙が溜まる。
でも、あたしの胸に顔を埋めている道明寺は気付いていない。
いつものようにベッド脇にあるサイドテーブルに手を伸ばし、引き出しからゴムの入った箱を取り出した道明寺が、「あっ」と小さく呟く。
「ゴム、もう無かったんだ。」
そう言って空の箱をあたしに見せる。
「……。」
「買ってくる。少し待ってろ。」
道明寺はあたしから離れて、財布をポケットに入れると部屋を出ていった。
服を乱されたままベッドに横たわるあたし。
今度はジワッとではなく、ポロポロと涙が溢れた。
あたしたちいつからこんな風になっちゃったんだろう。
身体は近いのに、心はずっとずっと遠い。
天井を見つめ、あたしは自分に問いかける。
もしかしたら、もうずっと前から分かっていたんじゃない?もう、あたしたちに昔みたいな気持ちが無いって事を。
あたしはベッドから起き上がると、ゆっくりと玄関へ向かう。
そして、道明寺が出ていったドアを見つめ、
ガチャっと鍵をかけた。
それが、あたしの意思表示だとでも言うように。
「もしもし、道明寺?」
「おう、他に何か買っていくか?」
「ううん。」
「すぐ戻る。」
「道明寺、もう終わりにしよう。」
「…………つくし?」
「別れたいの。もう、……うちには来ないで。」
「……おいっ、」
道明寺が何かを言っていたけれど、
あたしはプツリと電話を切った。
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