自分の名前が呼ばれたような気がして振り向くと、
そこにはキャップを目深にかぶった専務の姿があった。
「少し話がある。付いてこい。」
驚くあたしにそう告げた専務はスタスタと夜の街を歩き出す。
最悪だ。
お酒に呑まれた昨夜の自分を殴ってやりたい。
専務の後をとぼとぼ付いて行くと、通りの先にある深夜までやっているカフェチェーン店を指差して、
「あそこでいいか?」
と、聞いてくる。
どこでもいい。出来ることなら、この場でクビを言い渡してくれても構わない。
そんな絶望的な心境のまま店の中へ入り、奥の席に専務と向かいあわせで座った。
店員にコーヒーを2つ頼んだ後、それが運ばれてくるまでは地獄の沈黙タイム。
そして、ようやくあたしたちの目の前にコーヒーが置かれた直後、あたしは頭を下げて言った。
「昨夜はご迷惑お掛けしました!」
「……。」
無言の専務の顔を見るため、恐る恐る顔を上げると、
「何に対しての謝罪だよ。」
と、キャップを取りながら不機嫌そうに言う。
「そ、それは……」
「休憩だって言ったのに、朝まで寝ちまったことか?
それとも、先に部屋を出て帰った事か?
いや、部屋代の倍の額を置いていった事かよ。」
専務にそう言われ、頭の中が???で覆われる。
「…どれも違う気が…、」
「じゃあ、何に対して謝った?」
「だからっ、それは、
……失礼なお願いをしてしまったから…でして。」
いくら半年間一緒に仕事をしてきたからと言って、格段に親しくなった訳でもない。
もちろんお互い恋心なんて芽生えているはずもなく、そんな相手に対して
「1晩一緒に寝てくれ。」いや、「抱いてくれ。」なんてお願いする頭のおかしな奴は…あたししか居ない。
「あたし、どうお詫びしていいのやら。」
そう言って頭を下げるあたしに、専務はコーヒーを一口飲んだあと言った。
「おまえの望みはまだ叶ってねーだろ。」
「…え?」
「処女を卒業するって」
「せっ、専務!」
こんな大勢がいるカフェで禁断の単語を言うなんて!
「クス…、まだ最後までしてねーじゃん俺たち。」
「え、だって、&#@&☆*:-@&#:-…」
昨夜のあれは夢だったのか?しどろもどろになるあたしに、専務は余裕たっぷりで言う。
「あれで終わったとしたら、おまえの初夜は最悪だぞ。
なんせ男の方はイッてねーからな。」
「……。」
痛みで耐えられなくなった昨夜の行為を思い出し、急に恥ずかしさが込み上げる。
あたしはこの人に身体を全て見られたのだ。
それどころか、胸を触られ、舐められ、イレラレタ。
顔から火が出そうなほど恥ずかしくなって、専務から視線を逸らしコップの水をがぶ飲みすると、
「なぁ、牧野。」
と、専務があたしの名前を呼んだ。
「…はい。」
「これは返しておく。」
そう言ってあたしの目の前に1万円札を置く。
「これは、部屋代です。専務が取ってください。」
「こんなにかかってねーし。」
「でも、いいんです!迷惑料として受け取ってもらえれば。」
「分かった。じゃあ、遠慮なく貰っとく。」
そう言って1万円札をまた財布にしまった専務は、あたしに驚くことを言った。
「ただし、これは部屋代の2倍の金額だから、きっちり使い切ろうぜ。
今週、リベンジするぞ。」
「……へぇ?」
「だから、おまえの初夜のリベンジだ。」
「専務っ!声が大きいっ!」
慌てて制止するあたしに、この人は初めて見るような笑顔で言い放った。
「次はちゃんと最後までするからな。」
次?次って?
あたしの頭がパニックになっている間に、専務は
「じゃあな。」と言って立ち上がり、呆気なく去っていってしまった。
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金曜日。
秘書課のオフィスを出て総務課に向かおうとエレベーターに乗り込んだ瞬間、大きな人影が滑り込んできた。
お互い目を見合わせた瞬間、なんとも言えない雰囲気に。
「専務、お疲れ様です。」
小さく挨拶をするあたしに、
「おう。」
と、答えながら1階のボタンを押す専務。
しばらくの沈黙の後、専務が言った。
「牧野、今日の予定は?」
「え、えーと、安西部長のNY支社への出張のスケジュール調整と、」
「ちげーよ。」
「へ?」
「仕事後終わったあとの予定。」
「終わったあと…、」
「俺も今日は7時で仕事終わらせる。
この間のリベンジするぞ。」
あまりに唐突に発せられたその言葉に頭がついて行かない。
「り、リベンジって、」
「仕事が終わったらこの間のカフェで待ってろ。」
パニックのあたしをよそに、業務連絡のように専務は言う。?…☆&#@→?#……またも脳内が大慌てしている間に4階の総務部につき、エレベーターが呆気なく開かれてしまった。
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