『僕らが24歳の春』
その日、あたしは都内のフレンチレストランに来ていた。
こんな高級なお店に入るのは初めて。
普段なら選ばないヒール靴とレースの付いたワンピース。
そして、目の前にはさっき会ったばかりの6つ歳上の男性が。
「牧野さん、そんなに固くならないでよ。
取って食ったりしないから。」
そう冗談交じりに言う。
「叔母は昔からおせっかいでね、僕なんか学生の頃から大学はどうするんだー、仕事は何をするんだー、結婚はいつなんだーって、尻を叩かれてきたんだ。だから、今回の事もそう深く考えないで、食事を楽しみましょうか。」
「はい。」
「じゃあ、まずは乾杯。」
「乾杯。」
お互いワイングラスに軽く口をつける。
今日、ここに来たのは、この春定年退職される校長先生からお誘いがあったから。
『牧野さん、私の甥と1度会ってみない?』
もちろん即答でお断りしたけれど、この学校に来てからとてもお世話になった女性校長に何度も何度も誘われると頭が上がらない。
結局、着々と話が進められ、1度だけという条件付きで会うことにした。
お見合い……という堅苦しい会食に緊張して来たけれど、いざ話してみると様子が違う。
「牧野さん、彼氏は?」
「へ?いませんけど、」
「じゃあ、好きな人は?」
「……いません。」
「あっ、いるね、その感じは。
いや、全然いーんだ、僕も実は好きな人がいてね。」
「えっ、そうなんですか?!」
「叔母から、牧野さんに会ってみないか?って言われた時に、なかなか日程が決まらないから、きっと好きな人でも居て渋ってるんだろーなと思って。」
「……すみません。でも、好きな人というか、ただちょっと気になるだけで、」
「どんな人?」
「えーっと、それは……」
今まで恋愛相談なんて誰にもした事がなかったのに、メインディッシュを食べながらサラッと『どんな人?』なんてきかれると、
あたしも流れで話し始めてしまって、
結局、あたしたちはお互いの恋愛話を披露してデザートまでたどり着いてしまった。
「そろそろ出ようか。」
「はい。
その前に、ちょっとお手洗いに行ってきます。」
そう言って、あたしはお店の奥にあるトイレへと向かった。
時計を見ると21時を少し回ったところ。
この店からならマンションに帰るより、実家に泊まった方が近いから、その準備もしてきた。
ママに『これから店を出ます。』とメールを打ち込みながら、女子トイレから出てきた時、突然、
「おい。」
と、耳慣れた声がして顔を上げた。
「道明寺っ?!」
トイレ前の壁に背中を預けながらこっちを見ている道明寺と目が合う。
「どうしてここにっ!」
「知り合いと食事に来てた。
っつーか、誰だよあいつ。」
「えっ?あー、……ちょっとした知り合い。」
「随分、着飾ってんじゃん。」
怒ったようにそう言ってあたしのワンピースにチラッと視線を送る道明寺に、急に恥ずかしさが込上がる。
道明寺の前ではこんな女らしい装いの姿を見せたことがないから。だから、咄嗟にこんな言葉が口からでた。
「デ、デートだもん。」
「あ?」
「あたしだって、これくらいお洒落してデートくらいするし、」
「つくし、おまえ、」
道明寺が何かを言いかけた。
その時、後ろから「あら、つくしさん?」と声がした。
振り向くと、そこには道明寺のお母さんの楓さんが立っていた。
「久しぶりね、お元気だった?」
「あ、はい。お久しぶりです。」
楓さんに会うのは夏休みに実家に帰った時以来、半年ぶりだろうか。
「今日はどうして?」
「えーと、……知り合いと食事に、」
そう答えるあたしに、
「デートなんだろ。」
と、道明寺が突っかかってくる。
「うっさい。」
「おまえが言ったんだろ、鼻の穴広げて、デートだって。」
「ちょっとー、鼻の穴広げてなんかいませんっ!」
「あっ?ゴリラかと思うほど広がってたぞ。」
相変わらず憎たらしい男。
今日のこの、服装じゃなかったら、確実に蹴りをお見舞いしてやってたけれど、
あたしたちのヒートアップした会話を止めたのは、
「いい加減にしなさい。」
という楓さんのドスの効いた一言だった。
「全く、相変わらずね、あなたたちは。」
あたし達を交互に見比べながらそう言ったあと、
「つくしさん、タマが寂しがってるからいつでも顔を出してちょうだい。」
と、優しく言う。
「あたしも会いに行こうと思っていた所です。
今日このまま実家に泊まるので、明日の朝、伺います。」
「そう?それは喜ぶわ。
さぁ司、帰るわよ。」
そう言って、楓さんは道明寺の腕を無理やり取り、席に戻って言った。
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タクシーに乗り実家まで帰る途中、すれ違う車を見つめながら考える。
「好きな人は?」
今日初めてあった彼にそう聞かれ、
あたしの頭に浮かんだのは……。
そこまで考えて、いやいやいやっと思いっきり頭を振る。
あたしはもう変わったのだ。
違う道を歩くと決めたのだから、もう迷わずに突き進むんだ。
そう自分に言い聞かせて、実家の前でタクシーを降りる。
すると、そこには今さっき頭の中から追い払った男の姿が。
「なんでいるのよ。」
思わずそう呟くと、
道明寺も「おせぇ。」と言いながらあたしの方へ近づいてくる。
「な、なに?」
「…元気だったか?」
「ん。道明寺は?」
「なんとか生きてた。」
その言葉が嘘とは思えないのは、少し痩せて見えるせいだろうか。
あたしが道明寺を真っ直ぐに見上げると、この人も見つめ返して言った。
「まだ、おまえの口から祝いの言葉、聞いてねーからな。」
プッ…相変わらず、俺様の男。
自分からそういう事を催促してくるか。
だけど、この6年間頑張ってきたのをあたしは見てきたから、
だから今日は素直に言ってあげる。
「試験、合格おめでとう。」
「おう、サンキュー。」
照れた時に見せる、眩しそうに目を細める仕草に、懐かしさを感じる。
「つくし。
約束、忘れてねーよな?」
「…………。」
約束とは、きっとあれの事だろう。
半年前に会った時に道明寺が言った、
「試験が終わったら、もう一度ちゃんと会いたい。幼なじみじゃなく、男として。」
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