3月。
卒業式が終わり、学園を正式に退職した。
ずっと続くと思っていた教師としての日常は、呆気なく終わりを迎えた。
渡米まであと2週間。
今日は住んでいたマンションも解約してきた。
学園も辞めマンションも解約した今、
もうこの住み慣れた辺りにくる用は無くなってしまった。
いつも通っていた道やアーケード街が無性に懐かしくなり
最後にゆっくりと歩いてみる。
自然と学生服を着た生徒たちに目がいってしまう自分に、職業病か…と苦笑する。
しばらく歩いていると、赤い看板のファストフード店が見えてきた。
牧野と初めて食事をした場所。
何年かぶりにハンバーガーを食べて、目の前のあいつにドキリと胸が鳴ったあの日から、一年半が経った。
今日も若い客で半分くらいの席が埋まっていた。
店に入り、牧野がおすすめだと言ったあの時と同じハンバーガーを注文した俺は、ガラス張りになった外が見渡せる席に腰を下ろした。
もう、きっとこの店に来るのも今日で最後だろう…そんな事を思いながらハンバーガーを食べていると、後ろから
「道明寺先生?」
と、呼ぶ声がした。
振り向くと、ひさしぶりに見るその顔。
「おう、河野。」
そこに立っていたのは、星稜高校のバレー部だった河野だった。
俺と牧野が知り合うきっかけになった「ラブホテル未遂事件」の当事者で、牧野が受け持っていたバレー部のエースだった河野。
1年前に卒業して今は大学に進学し、休みの日には星稜高校バレー部の練習に付き合ってくれていると牧野が言っていた。
「覚えていますか、俺のこと。」
「忘れるわけねーだろ。後にも先にも警察に生徒を迎えに行ったのはあの時だけだからな。」
「プッ…ほんと、あの時はすみませんでした。」
そう言って笑いながら頭を下げる河野に、
「1人か?」
と、聞くと、
「はい。隣、座ってもいいですか?」
と、にこりと笑いながら俺の隣に座った。
相変わらず図体はデカくて、スポーツ選手らしい良い身体をしている。
「大学は楽しいか?」
そう聞く俺に、ハンバーガーを食いながら、
「まぁまぁ、ですかね。」
と、渋い顔で答える河野。
「なんだよ、楽しくねーのか?」
「いや、そうじゃないですけど…。
高校の時のメンバーが最高でしたから。
星稜高校はバカばっかですけど、やっぱ楽しかったです。」
確かに、体育会系の大男ばっかだったけど、河野たちの代の生徒たちはみんな仲が良かった。
「今でも集まったりしてるんだろ?」
「はい。
この間も星稜高校のバレーの試合があったので、みんなで応援に行ってきました。」
「そっか。」
そう言って頷いた俺は、最後のコーヒーを飲み干して、カップを置こうとしたその時、
「道明寺先生。」
と、河野が呼んだ。
「あ?」
「…牧野先生とは、別れたんですか?」
突然聞かれたその言葉に、驚いて河野を見つめる。
「いやっ、あのー、ちょっと気になってたので。」
「牧野から聞いたのか?」
「いえっ、違いますっ。
つくしちゃん、いえ牧野先生とはそんな話はしてません。」
「じゃあ、どうして?」
じっと見つめる俺の視線に耐えられなくなったのか、河野がポツリポツリと話し始めた。
「牧野先生、最近頑張りすぎてて…。」
「…どういう意味だよ。」
「部活が終わった後も遅くまで仕事してますし、休みの日も学校に来てたり、ボランティア部に参加したり。
見てるこっちが痛くなるほど、頑張りすぎてる気がして。
俺たちが冗談言って笑わせてないと、泣きそうな顔してる時があるんですよ。
そんな時に、道明寺先生が学校を辞めるって噂で聞いて、俺ピンと来たんです。別れたのかなーって。」
「っつーか、ちょっと待てよ。
俺らが付き合ってるって知ってたのか?」
「あー、まぁ、それは。
2人を見てれば分かりますよ。
道明寺先生がバレーの試合を度々見に来るようになったり、牧野先生が格段に可愛くなったり。」
俺をからかうようにそう言ったあと、河野は辛そうな顔で聞く。
「いつ、別れたんですか?」
「…1ヶ月くらい前か。」
「…そうですか。
あーー、残念だなー。道明寺先生と牧野先生、俺的にはお似合いだと思ってたんですけど。
…どうして牧野先生じゃダメだったんですか?」
「あ?」
「他に好きな人が?」
その質問に、たっぷり間を開けた後、俺は答える。
「おまえ、勘違いすんな。
振られたのは俺だぞ。」
「……えっ!?」
「バカっ、声がでけぇ。」
「すみませんっ。でもっ、まじっすか?
つくしちゃんから?」
「ああ。
理由は、まぁ、色々だけどよ…、
でも、俺はあいつとずっと一緒に居たいと思ってたぞ。」
もう吹っ切れたと思ってた想いを、こうしてまた口にすると、胸が苦しくなるほどあいつが恋しい。
「河野。」
「はい?」
「頼んだぞ、あいつのこと。」
「…え?」
「牧野が頑張りすぎねーように、ちゃんと見ててやってくれ。
そして、」
「……?」
「あいつが頼れる相手が出来るまで、たくさん笑わせて泣かせんじゃねぇぞ。」
俺はそう言って河野の頭をガシガシと撫でてやった。

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