牧野と付き合うようになり、週末はお互いの部屋で一緒に過ごすということが日常になった。
仕事をしたり、読書をしたり、時には部活の試合で疲れてずっと眠っている、なんて事もあるが、
それでも、一緒にいるという事自体が幸せで、
牧野と過ごす時間が俺にとっては何より大切だった。
そうして、付き合い出して1年が過ぎようとしていた頃、
ある出来事によって俺の周囲が慌ただしく動き出す事になる。
それは、姉ちゃんの旦那で道明寺家の婿養子である義兄が実家の家業を手伝う事になったのだ。
義兄の実家は箱根にある老舗の旅館。皇室も静養処として使う由緒ある宿。
そこの総取締役だった父親が倒れ、義兄の弟が急遽トップに立つ事になったのだが、まだまだ見習い中の身では不慣れな事も多く、あっという間に経営が傾いた。
夏の1番忙しい時期でも、宿の半分近くが空室というあからさまな客離れが起きていた。
1人ではもうどうする事も出来なくなり、義兄に家業を手伝って欲しいと懇願してきたのだ。
婿養子として道明寺家に入ったからには、道明寺の後継者として育てていこうと思っていたババァだが、姉ちゃんが悩む姿は親として見ているのが辛かったのだろう。
結局、3年という期間限定で義兄を実家の立て直しに尽力させる事に決めた。
ある夜、珍しくババァから携帯に連絡が来た。
話があると……。
その時に、もうすでに俺の中で何を言われるか見当は付いていた。
もちろん、断るつもりだった。
けれど、実際にババァの切羽詰まった表情と、俺に頭を下げて頼む姿を見て、…断れなかった。
だって、
今まで散々好き勝手させてもらったきたからな。
ババァの
「教師を辞めて、会社を手伝って欲しい。」
その言葉に、
俺は、
「…分かった。」
そう答えていた。
……………
それからは、度々学校を休んで道明寺HDの仕事を手伝うようになった。
年度末の3月まではあと3ヶ月。
そこで退職願いをだすつもりだと校長にも話をした。
少しずつ教師を辞める段取りが出来てきたが、
肝心の事になると臆病になって先へ進めない。
それは、牧野の事。
まだ、あいつには辞めることを話していない。
あいつはなんて言うだろうか。
教師を辞めると決めたあと、週末俺の部屋で2人で過ごしている時に、牧野に聞いた事がある。
「俺のどこが好き?」
馬鹿みたいな質問だって事は分かってる。
自分がこんな事を女に聞く日が来るなんて思ってもなかった。
それでも、確かめたかったから……。
「え?なにそれ。」
「だから、俺のどこが好きかって具体的に言ってみろ。」
「ぷっ…、んーとね、
生徒思いな所とか、
仕事に対して勉強熱心な所、
あとは、やっぱり教師として尊敬してるところかな。」
ニコニコしてそう話す牧野を見て、ほらなやっぱりと、
心の中で呟く俺。
こいつにとって、俺は「教師」だから、惹かれたんだ。
教師として出会ってなかったら、牧野は俺を選ばなかった。
そんな俺が、教師を辞める。
牧野はどう思うだろうか。
それが怖くて、1番先に言わなきゃいけない相手なのに、まだ言えずに悶々とした日々が過ぎていった。
そして、いつも欠かさず一緒に過ごしていた週末も、仕事に追われ過ごす事ができなくなってきた頃、
俺は牧野に打ち明けた。
「牧野、俺、教師を辞める事にした。」

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コメント
司しぇんしぇ
辞めちゃうのぉ、、、、、