My teacher 15

My teacher

花火大会当日。

この日は高校生にとって年に一度の大イベントだ。
いつもは膝下5センチの制服を着ている白百合学園の生徒たちも、今日は短いスカートを履いて薄化粧をし、花火が上がる何時間も前から祭りにくり出す。

街のメインストリートは人で溢れかえり、その近くにある神社の高台には、花火を見るカップルや家族連れで賑わっている。

いつもはマンションの部屋から眺めるだけの俺も、今年は警備という名目で、ごった返している街に来ていた。

強盗を繰り返しているチンピラたちは未だに捕まっていない。
あきらの情報が正しければ、奴らは今日何かしでかすかもしれない。

近隣の学校の教師や教育委員会のメンバー、さらに市の職員たちも総出で警戒し、警備に出ている。
花火大会が終わると同時に学生たちに声をかけて、真っ直ぐ家に返す。
それが、今日の俺たちの仕事。

出店が出ている街のアーケード街は、人がすれ違うのもやっとなくらいごった返している。
ただでさえ気温が高くて蒸し暑いのに、これだけの人と、出店からの熱で熱気がムンムンとしている。

人の流れに任せるようにゆっくり1時間ほど歩いていると、赤信号で止まった横断歩道の向こう側にあいつの姿を見つけた。

牧野だ。

ノースリーブのシャツに細いジーンズ姿で、手には綿飴の袋を持っている。
信号が青になるまでの間、反対側の道路からじっと見つめていると、牧野の視線が俺と絡む。

「あっ、道明寺先生。」
と、牧野の口元が動く。

それと同時に信号が青になり一斉に人が動き出し、一瞬出遅れた牧野が、後ろの奴らに押されてバランスを崩した。

転ぶなよっ…そう思いながら、慌てて牧野まで駆け寄った俺は、こいつの腕を取り再び人の流れに沿って歩き出す。

「大丈夫か?」

「危なかったぁー。」

「あそこで転んだら、踏みつけられてたぞ。」

「ですよね、綿飴、潰れるところだった。」

そんな心配してんじゃねーよ。
と、会って早々に顔が緩む。

「白百合学園の先生たちも全員ご出勤ですか?」

「ああ。花火が終わるまで帰れねぇ。」

「早く犯人捕まって欲しいですね。神社の裏側の道が暗くて、この間もその辺で20代の女性が襲われているから、要注意ですよね。」

そう話しながらも、この人混みでは隣に並ぶ事も出来ず、俺の後ろを歩く牧野。
すると、前の奴らが急に止まったから、牧野が俺の背中ギリギリで立ち止まった。

その一瞬止まった数秒間で、俺は牧野の腕を掴みその身体を俺の前に移動させてやる。

「えっ、」
戸惑う牧野に、
「チビは前にいろ。」
そう言ってやりながら、
自分から出る無意識なボディータッチに顔が赤くなるのがわかる。

人の流れに沿って歩いている内に、どうして他の奴らが祭りや花火大会が好きなのかが少し分かるような気がしてきた。
これだけの人の多さで、否応にも密着する身体。
カップルはもちろん、恋人未満の奴らにとっても、これは自然かつ大胆に相手に触れられる絶好のチャンスだからだ。

そして、今まさに俺もそう。

俺の前を歩く牧野。
横断歩道手前で立ち止まった俺たちは、後ろからくる人の流れに押され、牧野の背中と俺の胸が重なる。

押されて前に行かないように牧野の腕を掴み身体をキープしてやると、顔だけうしろに向けて俺を見る牧野。
そんなこいつの顔と、牧野を見下ろす俺の顔が思った以上に近くて、お互い慌てて視線を逸らす。

すると、突然、
ドォーーーン
と、大きな音がした。

花火大会の始まりだ。

俺たちも神社の高台に上がり、花火がよく見える位置まで移動する。
いくら警備要員だとはいえ、花火が上がっている間くらいは楽しみたい。

隣に立つ牧野を横目でチラッと見ると、キラキラした目で花火を見上げ
「綺麗…。」
と呟いた。

………

花火も終盤に差し掛かり、大玉が夜空を飾る。
「久しぶりだな花火大会に来るの。」
と牧野が独り言のように言った。

「いつもは?この日はどうしてる?」
俺が聞くと、

独り言が聞かれていて恥ずかしくなったのか、

「もちろん、一緒に行く相手なんていないので、1人で寂しく見てますよっ。」
と、いつもの男子生徒たちに話すノリに戻る牧野。

その答えに、どれだけ俺が喜んでるかこいつはわかっていねーんだろーな。

「道明寺先生は?」

「あ?」

「いつもはどうしてます?
あの、シンデレラ城みたいな家から見てるんですか?
あそこからなら、凄く綺麗に見えますよねきっと。」

そう言った牧野は、すぐに、
「あっ…。」
と言って黙り込む。

「なんだよ。」

「いいえ。」

「気になるだろ、言えって。」

俺がそう言うと、牧野は俺から視線を逸らしてから言った。

「道明寺先生みたいな人が1人で見てる訳ないですよね。
へへへ、あたしと同類にしちゃった。
…彼女さんと一緒に見るんですか?」

突然の質問に一瞬固まったが、すぐに答える。

「そんな奴いねーよ。
…俺もおまえと一緒だし。」

「…ん?」

「生きてきた年数=女いない歴。」

すると、花火に負けねぇくらいでかい声で
「……えっ!?」
と、叫ぶこいつ。

「バカ、うっせぇ。」

「えっ、だって!
なんで?どうして?」

「何がだよ。」

「だから、どーして彼女居ないんですか?」

「好きな女に出会えてねーから…、」
そう言うと、呆れた顔で、

「理想が思いっきり高そうだし…。」
と言いやがる。

だから、少しは分からせてやりたくもなる。

「一緒に出かけたり、飯を食ったり、家に連れて行ったり、そういう事をしたいと思った女が今まで居なかっただけだ。」

「…ふーん、」

「って、おまえ。なんか気づかねーの?」

「へ?…なんかって?」

「だから、今俺が言った言葉。
おまえには、全部したじゃん。」

一緒に茶道の茶会に行って、飯を食って、邸にも連れて行った。
そんな風に俺が接した女は、こいつだけだ。

「……。」
俺が言った言葉の意味がまだ分からないのか、俺を見上げて黙る牧野に、もう一度今度は分かりやすく言ってやる。

「俺は特別だと思ってる女としか、一緒に出掛けたり、飯を食ったり、家に連れて行ったり……、いくら仕事だとは言え、こうやって並んで花火なんて見ねぇ。」

ようやく俺が言った意味を理解したのか、あからさまに挙動不審になりやがるこいつ。

「あー、もう少しで花火終わりそう。
あたし、あっちの裏道の方に巡回行ってこようかな。」
そう言って俺の隣から去ろうとするこいつに、

「逃げんのかよ。」
と、笑いながら綿飴を取り上げてやる。

「あっ、それはダメ。
家に帰って食べようと思ってるのっ。」

「じゃあ、大人しく近くにいろ。」

そう言った時、連続して打ち上げられていた花火が終わり、人手がパラパラと動き出す。
腕時計を見ると、どうやら花火大会は終了の時間だ。

「牧野、裏道は俺たちが行くから、おまえは明るいアーケード街にいろ。」

「えっ、」

「狙われてるのは学生だけじゃねーだろ。
出来るだけ、人の多いところで巡回してろよ。」

俺は牧野にそう告げると、割り当てられている巡回場所に移動した。

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