道明寺先生に抱き抱えられるようにして長い廊下を進むと、1番奥の一際豪華な扉の前で立ち止まった。
そして、一気に扉を開けると、そこは雑誌やテレビで見たことがあるホテルのスイートルームを思わせるような部屋だった。
中央にあるソファにあたしをゆっくり下ろした後、
「今、ドクターがくるはずだ。」
と言って隣に座る道明寺先生。
質問には後で答えてくれると言っていたけれど、あたしは我慢できずに聞く。
「もしかして、…ここが道明寺先生のご実家?」
「ああ。」
その答えに、あたしは呟く。
「……あり得ないっつーの。」
すると、扉がコンコンと音を立てた。
そして、道明寺先生の返事を待たずに扉が開くと、
「入るわよ〜。」という言葉と共にモデルさんのようにスラリとしたスタイルのいい綺麗な女性と、その後から白衣を着た初老の男性が現れた。
「あら〜、怪我したっていうのはこちらの方?」
そう言ってあたしににっこり微笑む女性。
「あっ、はい!すみません、お邪魔しています。」
慌てて立ち上がろうとするあたしの腕を道明寺先生が抑え、
「バカっ、足いてーんだから、立ち上がるな。
俺の姉貴だ。」
と、女性を紹介してくれる。
仕方なくあたしも座ったままで、
「星稜高校で教師をしている牧野つくしと申します。」
と、いつもの挨拶が口をつく。
「星稜高校?あら、白百合学園じゃないのね?」
「はい。」
「それじゃあ、司とは?」
「あ、えーと、」
すると、道明寺先生があたしのその言葉を遮るように、お姉さんに言う。
「姉貴、先に治療してやってくれ。」
「あっ、そうね!ごめんなさいね、つくしちゃん。
この展開に興奮しちゃって、順番を間違えたわね。」
と、意味不明な事を口にしながらドクターの後ろに回った。
捻挫は、どうやら少し腫れが落ち着いて来たように見える。
部員たちの大量の荷物を持ちながら急いでいたから、階段を一段踏み外したのだ。
生徒たちの手前、大丈夫だと強がってみたが内心は相当痛かった。
ドクターに足を触られるとやはり少し激痛が走る。
「痛いですよね。
鎮痛剤を貼って、足首を固定しておきましょう。
安静にしていれば徐々に痛みも和らいできますので。」
土曜日のこの時間じゃ、どこの病院も診てくれなかったはずだから、本当にありがたい。
治療を終えたドクターに丁寧にお礼を言ってあたしは頭を下げた。
ドクターが部屋を出ていくと、お姉さんがあたしの脚を見ながら、
「着替えた方が良さそうね。」
と、呟く。
試合会場からそのまま来たから、今日のあたしの格好はショートパンツ。
しかも、足首を包帯で固定されているから、靴下さえも脱がされて、まるでこの部屋とは不釣り合いの姿。
「つくしちゃん、スカートがあるからそれに履き替えたらどうかしら。」
「いえっ、もうあたし帰りますので!」
「そんな事言わないで、ゆっくりしていって頂戴。
それに、その格好じゃ、色々刺激が……ね。」
と、意味深に笑った後、
「司、ちょっとあんた散歩でもして来なさい。
その間に、つくしちゃん着替えせておくわ。」
と、お姉さんが言う。
戸惑うあたしと道明寺先生の視線が絡む。
そして、その視線をあたしの露になった脚に向けた道明寺先生は、「15分後に戻る。」と言って部屋を出ていった。
………
「あら、ちょうど良いじゃない。」
お姉さんがあたしを見て優しく笑う。
お姉さんから借りたワンピースはぴったりあたしにフィットした。
お姉さんが着ると膝丈のワンピースも、あたしが着ると足首から5センチほどのロングワンピースになる。
それでも、今のあたしの状況にはぴったりで、お姉さんもお手伝いのタマさんもご満悦の笑顔。
こんな事までして貰って、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいのあたしに、お姉さんは紅茶をすすめてくれながら言った。
「司が誰かをこの邸に連れて来るなんて、初めてのことよ。
いつも一緒にいる幼馴染の男連中以外、連れて来たことなんてないんだから。」
「すみません。」
「謝らないで、つくしちゃん。
私は嬉しいの。司もいい歳だし、彼女の1人でも紹介してくれたらっていつも思ってたから。」
そのお姉さんの言葉にあたしは慌てる。
「彼女って、あたしと道明寺先生はそんな仲じゃありませんっ!」
「あらぁ、そうなの?残念。
でも、ここにつくしちゃんを連れて来るなんて、相当気に入ってる証拠よ。」
そうだろうか…。
「たまたま、目の前であたしが怪我したからだと思いますけど。」
首を傾けながらそう言うあたしに、お姉さんはいたずらっ子のように笑って言った。
「そんなに、誰にでも優しい男じゃないわよ、司は。」
…………
夕飯を一緒に…と言う姉ちゃんの誘いを断った牧野。
俺もこいつを早く家に届けて休ませてやりたかったから、鎮痛剤が効いてきた頃合いで車に乗せた。
助手先に座る牧野は、邸の敷地を出るとすぐに、運転席の俺に向かって聞いてきた。
「あなた、何者?」
「あ?」
「何?あのシンデレラ城みたいなご実家は!
しかも、お姉さんって、女優さん?モデルさん?」
興奮気味に聞いてくる牧野は、すっかり敬語を使うのを忘れてタメ口だ。
「牧野。」
「ん?」
「敬語は?」
「あっ、…っていうか、そんなのどうでもいーし。」
と、睨んでくる顔が、めちゃくちゃ可愛い。
そんなこいつに今度は俺が聞く。
「道明寺って名前から連想するのは?」
「え?道明寺?
んーと、道明寺建設…道明寺ホテル…道明寺ホールディングス、」
聞いたことがあるフレーズを並べる牧野に言ってやる。
「それ全部、俺の実家だ。」
「…はぁ?」
「おまえが知ってるその道明寺は、俺の家。
俺はそこの長男で、一人息子。」
今まで金持ち自慢なんてした事がねーけど、好きな女になら有効か?と思ったら、
「有り得ない…。」
そう呟いた牧野は俺からぐいっと離れやがる。
「なんだよ、その態度。」
「どうして、そんな人が教師に?」
「なりてぇーもんが教師だったからしょうがねーじゃん。」
笑いながら言ってやると、呆れた顔で俺を見る。
そんな話をしているうちに、牧野が言った住所のマンションにたどり着いた。
ここの3階。
車を降りた俺は、助手先側に行くと、自分で車を降りようとするこいつ。
「おまえ、足付くなって。」
「大丈夫。もう鎮痛剤も効いてきてるから。」
「無理すんなっ。」
「でもっ、」
困った顔でそう言う牧野を見て、俺は急に手が止まる。
こんな光景を見たような気がしたから。
そして、俺は牧野に言った。
「わりぃ。
おまえがマジで嫌なら、俺はここで帰る。」
「……。」
「三和高校の橘っつー奴と同類になりたくねーし。」
すると、牧野は頭をブンブン振りながら俺を見上げて言った。
「そんなんじゃない。
あたし、…重いし。ここのマンション、エレベーターないし、」
そこまで聞いた俺は、それ以上こいつが言う前に、牧野の身体を横抱きに抱き上げる。
「道明寺、先生っ!」
「そういう理由なら、聞かねーよ。」
見た目以上に軽い身体。
心臓に近いところに、牧野の身体のぬくもりを感じて、痛いほど鳴る。
ゆっくりと3階までの階段を上がると、その途中でこいつが小さな声で言った。
「あの時、帰るぞって言ってくれてありがとう。」
体育館で強引に橘に連れて帰られそうになってたあの時、帰るぞと言って伸ばした手。
その事を言ってるんだろう。
部屋の前にたどり着いた俺は、ゆっくりと牧野の身体を下ろした後、言ってやる。
「おまえこそ、偉かったじゃん。」
「…え?」
「迷わず、俺の手を握ったよな。」
そう言って俺はサラサラとした牧野の髪をくしゃっと撫でた。
もう少し、このまま触っていたいと思うほど、俺はこいつに惹かれてる。

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コメント
一般人風からの御曹司告白パターン
おおおっ珍しいつかつくの展開!!