「道明寺、あたし、あんたに大事な話があるの。」
こういうときの牧野は要注意だ。
マジな顔で俺の顔色を伺うような態度で来るときは、あまり良くない話の時。
過去にも何度か経験がある。
合コンに人数合わせで行かなくちゃいけなくなったと言い出した時。
大学のサークルのメンバーで2泊の卒業旅行に行くと言い出したとき。
親友だと言い張る類への誕生日プレゼントに、遊園地へ二人で行くと言い出したとき。
全部、俺がNOと言った覚えのある話の時にするこの牧野の表情。
それを知ってるだけに、今そんな顔をされると、これからプロポーズをしようと思ってる男にとってはかなりダメージがでかい。
「なんだよ、話って。」
「うん、あのね、……ここじゃなくてちょっと場所移動してもいい?」
そう言い辛そうに言って、俺の腕を引く牧野。
そんなこいつに俺は黙って付いていく。
俺らの部屋がある邸の東から長い廊下を歩き、ダイニングや応接室を抜けて、邸の西部屋まで来たとき、牧野が1つの扉の前で立ち止まった。
そこは今まで客間として使われていた一室。
プライベート部屋は邸の東側を使っていた俺も、この客間の雰囲気や光の入り具合が気に入っていて、気分転換に度々使うことのあるこの部屋。
そこに、牧野が何の用事があるのか。
「この部屋がどうかしたのか?」
扉の前で聞く俺に、
「ん。……入って。」
と、背中を押す牧野。
訳がわからないまま言われた通り扉を開けると、そこには俺が想像していた客間の面影はどこにもなく、今までの倍近くあるスペースに落ち着いた住居空間が広がっていた。
そしてそこには、片付けたはずの牧野の荷物も置いてある。
「どういうことだ……」
「道明寺、あのね、この部屋の説明は後にして、あたし道明寺に話したいことがあるの。」
そう言ってヤバイときにする表情で俺をソファに座らせて牧野もその隣に座った。
そして、小さく深呼吸をしたあとに話し始めた。
「あのね、あたしね、この邸で過ごさせてもらうようになって色々考えたんだけど…………、あたしたちもいい歳になったし、そのぉー、お互いに仕事も順調に来ていると思うの。」
「……ああ。」
予想していた内容と違うもので、頷くしか出来ねぇ俺に、牧野は下を向きながら続ける。
「それにね、こうして暮らしてみて分かったんだけど、案外あたしお母さんとも気が合うみたい。」
「……ああ、俺もそう思う。」
「それとね、宗太くんと生まれたばかりの美琴ちゃんと一緒にいるうちに、あたしにも母性本能が芽生えてきたっていうか……、まだあたしたちも20代とはいえ欲しいときにすぐに授かるとは限らないし、それに、」
「…………牧野、」
「あたしたち、ここ数年そんな話はしてこなかったけど、でも、あたしはあんたとはそういうつもりで付き合ってきたし、」
はじめは良くねぇ話を想像してただけに、牧野が言う話が頭に入ってこなかったけど、ここまできて、この話の状況が掴めてきた俺は、逆に焦る。
「牧野っ、ちょっと待て。」
「道明寺もあたしも相変わらず仕事は忙しいけど、この2ヶ月この邸で一緒に暮らしてみて、思ったより二人の時間も取れたよね?だから、この先もこんな風に、」
「いや、待て牧野。それ以上言うな、」
「やだ、もう待たないっ!
だって、待ってても道明寺から言ってくれるとは限らないでしょ!
だからっ、あたしから言う。
道明寺っ、あたしと結……ンーーーッ」
牧野にその先を言わせねぇように、俺は咄嗟にこいつの口を手で塞ぐ。
「んーーーッ!っぬぐぅ…………どっ……」
「分かったから、落ち着け。
手、離してやるから何も言うなよ。
黙ってろよ。」
コクコク。
「絶対だな?
一言も話すんじゃねーぞ。分かったか?」
「ん。」
苦しそうにコクコク頷くこいつの口から手を離してやると、
「殺す気?あんたっ。」
と、ぜぇーぜぇー言ってる牧野を俺は両脇を持ち抱えあげると、向かい合うように俺の太ももに座らせてやる。
「ちょっ、なっ、なに?!」
「おまえさ、勝手にフライングすんじゃねーよ。」
「はぁ?」
「もしかして、おまえ俺にプロポーズしようと思ったのか?」
「…………だって、このタイミングを逃したら、またあたしたち大事な時期を逃しちゃうでしょ。」
下を向きながら恥ずかしそうに言うこいつが凶悪に可愛くて、俺は堪らずにキスをする。
そして、少しだけ唇を離して言ってやる。
「……牧野、俺は大事なタイミングも逃したりしねぇし、大事な言葉もおまえに言わせるつもりはねーよ。」
そう伝えると、NYからの長いフライトの間もずっとそこにしのばせていた大事なものを胸のポケットから取り出すと、牧野の目を見て言った。
「俺の生涯、愛する女はおまえだけだ。
牧野、俺と結婚してくれ。」
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