いつもと同じ時間帯に会社を出て運転手が待つ車に乗り込み、すぐに携帯を取りだし牧野へとコールする。
「今終わった。これから帰る。」
「うん、気を付けて。」
まるで夫婦のようなそんな会話が甘く俺の胸をくすぐる。
はずなのに、今日は何度コールしてもあいつの携帯に繋がらない。
邸までの20分の距離で何度もトライしてみるが不通。
結局、甘い会話が出来ないまま邸の門が見えてきて、俺は仕方なく携帯をポケットに閉まった。
「おかえりなさいませ。」
エントランスに入ると、いつものように使用人が出迎える。
でも、いつも俺が帰るのを待ちわびているはずの宗太の姿が見当たらない。
嬉しいようで寂しい。
複雑だ。
一番最後尾に立つタマの前まで行くと、
「宗太は寝たのか?」
そう聞くと、いつになく真剣な表情で、
「坊っちゃん、実は……、」
と、タマが切り出した。
「どうした。」
「実はつくしが、」
まだ何も聞いてねぇのに、タマのこの表情と『つくし』という単語を聞いただけで胸がざわつきやがる。
「牧野に何かあったのか?」
「実は一時間ほど前のことなんですが、宗太坊っちゃんが邸の中でモータージェットで遊んでいまして、その操作を誤ってちょうど帰ってきたばかりのつくしにぶつかって…………、」
「怪我したのか?」
「……はい、少し。
首の辺りを少し切りまして、すぐにドクターに来ていただきました。
傷口はたいしたことないそうですが、出血がありましたので手当しました。」
「牧野はどこにいる?」
「部屋に戻られています。」
タマのその言葉に、足早に部屋へと行こうとしたが思い直して立ち止まる。
「宗太はどうしてる?」
「はい、…………奥様にかなりお叱りを受けまして、今は奥様のお部屋で過ごされています。」
「わかった。
あとは任せろ。」
タマに軽く手をあげてそう言うと、牧野のいる部屋へと行こうとした足をババァの部屋へと向かわせる。
トントン。
「どうぞ。」
ババァの返事を聞いて部屋を開けると、ソファの上にブランケットを体にかけて座る宗太と、その横に座るババァの姿。
その宗太の目がこれでもかというくらい赤く腫れていて、かなり泣いたのが分かる。
そんなこいつの隣に俺は座ると、
「宗太、反省してるか?」
と、聞いてやる。
「……うん。」
「牧野にも謝ったのか?」
「うん。」
「グランマにすげぇ怒られたんだろ?」
「……うん。」
「なら、俺から言うことは何もねえよ。」
そう言ってやると、俺の顔を驚いた顔で見つめて宗太が言う。
「司にぃは怒らないの?」
「ああ。
でもな、2度目はねーからな。
牧野は俺の大事な女だ。
傷付ける奴はガキだろうと俺が許さねぇ。」
「分かってる。」
赤い目をして真剣に俺にそう答える宗太の頭をガシガシと撫でてやり、
「じゃあな。
今日はこのままグランマと寝ろ。」
そう言うとババァの部屋を出た。
そのまま急いで牧野の部屋へ行くと、一応礼儀とばかりにトントンとノックをして返事を待たずに部屋に入る。
部屋の中には牧野の姿は見当たらねぇが、バスルームからかすかに水の流れる音が聞こえ、俺は扉に近付くと、
「牧野?」
と、声をかけた。
「道明寺?」
その返事と共に水の音が止む。
「開けるぞ。」
「えっ、ちょっと、待っ……」
バタつく牧野の声も無視してバスルームの扉を開けると、そこにはバスタオルを体に巻いただけの牧野の姿。
その首には五センチほどの絆創膏が貼られている。
「おまえ、まさか風呂に入ったのか?」
「ちがっ、シャワーだけ。」
「バカっ、怪我してるんだろっ?」
「だから、濡らさないように髪は洗わなかったよ。
タマさんから聞いたの?」
「ああ。」
俺はそう答えながら牧野に近付くと、そっと首に手を当てる。
「いてーの?」
「全然。
だって、ちょっとおもちゃが当たっただけだもん。」
「でも血が出たんだろ?」
「ほんの少しね。
全然たいしたことないの。
お母さんにも宗太くんにも何度も謝られたけど、こっちの方が恐縮しちゃうほど。
たぶん、明日には治ってるから。」
そう言ってへへへと笑うこいつを見て、安心と共に違う感情が沸き上がる。
バスタオル1枚の牧野。
触れていた手を傷口から耳へとゆっくり移動させると、ビクッと牧野の体が揺れる。
「……道明寺?」
「牧野、ほんとに大丈夫なんだな?
痛くねーんだな?」
「うん、大丈夫……。」
その返事を聞きながら俺は牧野の耳を口に含む。
「っ、道明寺……」
焦ったような感じてるような、そんな牧野の声。
「牧野。」
「……ん?」
「……何かあったらすぐに俺に電話しろよ。
おまえの携帯繋がらねぇから、心配した。」
「ん、ごめん。」
「……こんなに一緒にいるのに、おまえの声聞けねぇだけでイラつくし……クチュ……怪我したって聞いて心臓とまるかと思った。……クチュ……」
「ん……ごめん。」
「おまえがすげー近くにいるのに、触れられないのは拷問だ。
今日は……おまえの怪我が心配だから一緒に寝てもいいよな?」
「……どんな言い訳よ。」
「なんとでも言え。」
久しぶりの熱いキスを味わいながら、牧野が身に付けていたバスタオルを右手で引っ張ると、呆気なく床に落ちていく。
タオルの下は何もない、真っ白な身体。
その身体にゆっくりと手を這わせていく。
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