牧野とのデートの日、遅めに起床した俺が部屋で身支度を整えていると、バタンッと派手な音がして宗太が部屋に入ってきた。
「ノックぐらいしろ。」
腕時計をつけながら宗太に向かってそう言ってやると、
「司にぃ、どこか行くの?」
と聞いてくる。
「ああ。」
「どこ?」
「ガキは知らなくてもいい。」
「ケチっ。そんな格好してるってことは仕事じゃないよね、遊び?僕も連れてってよ。」
「ダメだ。」
「なんでだよっ、休みの日ぐらいいいじゃん。」
「休みの日だからダメなんだっ。」
今日は牧野と今時期満開になっている桜を見に行く約束をしている。
近くまで車で行って、そこからは二人でゆっくり歩いて花見をするつもりで、服装もジーンズとラフなものを選んだ。
「行きたいっ!」
「ダメだ。」
「ケチケチケチっ。」
宗太相手にそんな言い争いをしていると、ノックと同時にタマが渋い顔で入ってきた。
「宗太坊っちゃん、無理を言っては行けません。
司坊っちゃんは忙しいんですから。
久しぶりに会う恋人とデートですものねー。」
「うるせぇ。」
「お父さんも仕事で、お母さんも入院してしまって独りぼっちの甥っ子をこんな広い邸に置いてきぼりにするくらいその恋人との時間が大事なんですよね?
宗太坊っちゃんは今日も一日、どこにも遊びに行けないのでタマと邸のお掃除でもしましょうか。あー、可哀想、可哀想。」
わざとらしく俺の方を見てそう言うタマと、俺を見上げて睨んでくる宗太。
そんなこいつらに、
「ガキのおまえが行っても楽しいとこじゃねぇから、おとなしく邸にいろ。」
と言い残して車のキーを掴んで部屋を出ようとしたとき、後ろで
「司にぃのバカっ。」
と、呟く声がする。
はぁーーーー。
いつも生意気なガキのくせに、本気で悲しいときはそうやって声を圧し殺して我慢しやがる。
そんなところが昔の自分とかぶって、強く出れないところが俺の弱点。
「…………ったく、わかったよ。
今日一日だけだからなっ。
とにかく、牧野に電話で話すからその間に用意してこい。
動きやすい服装で来いよっ。」
「よっしゃー!」
バカみてぇにはしゃいで部屋を出ていく宗太を慌てて追いかけながら、
「坊っちゃん、ありがとうございます。」
と、タマが笑った。
牧野のマンションの前まで迎えに行くと、すぐにパタパタと入り口から出てくる愛しい女。
いつもはおろしてる髪も今日は耳の高さくらいまで結び、靴もスニーカー。
助手席に乗り込んで、すぐに後ろの席にいる宗太に向かって、
「こんにちは。」
と、声をかけると、
宗太も小さく
「こんにちは。」
と答える。
「わりぃな、こんなことになって。」
「なんでよ、人数が多い方が楽しいでしょ。」
「おまえなぁ、仮にも久々のデートだぞ。」
「デートなんていつでも出来るじゃん。
それよりっ、宗太くんもいることだし今日の予定は変更して、動物園に行こう!」
「あ?」
「どう?宗太くん。それとも遊園地でも行く?
あたしね、本持ってきたんだぁー。
もうだいぶ昔に買った本だから古いかも知れないけど、進のとこの姪っこ連れて遊びに行ったときに買った本だからきっと役立つよ。
子供が喜びそうなスポット特集だから。 」
そう言って鞄からゴソゴソと2冊の雑誌を引っ張りだして説明する牧野。
そんなこいつに後ろから小さな声がする。
「僕、……動物園がいい。
今まで行ったことないから。」
その宗太の声に俺と牧野は同時に振り返る。
「おまえ、動物園も行ったことねーのかよ。」
「ちょっと、道明寺っ。
あんただって、高校生まで行ったことなかったでしょ。」
「うるせぇ。」
「宗太くん、じゃあ今日は動物園にしようか。」
「うん。」
結局、牧野とのんびり花見の計画は完全に流れた。
けど、動物園へ進路を変えて動きだした車の中、隣のこいつがご機嫌だからそれでいい。
今朝、俺が宗太も連れていくと電話したとき、こいつは迷うことなく「楽しみにしてる」と即答してくれた。
たぶん、その時点で花見の計画は変更してガキが喜びそうなところを考えていてくれたに違いない。
牧野が手にしてる雑誌の動物園のページには、最近気に入って使ってるキャラクターの付箋が貼られてる。
そして、最近では珍しいスニーカーとジーンズの服装に髪までアップにして……。
そんな牧野が愛しくて、宗太がいるのに思わず助手先に手を伸ばして牧野の手を握ると、少し驚いた顔で俺を見たあと、
「今日はそういうこと禁止です。」
と、可愛くねぇことを言った。
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