牧野刑事の厄介な山 5

牧野刑事の厄介な山
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店長に案内され入ったのは、フロアの奥にある半個室だった。

店内の喧騒は半減するが、VIPルームという程ではない。

白いソファーにピンクのクッション。テーブルの上には、淡いブルーのグラスがいくつか用意されている。

そんな華やかな空間に、似つかわしくない女が一人。

俺の向かい側に座り、早速手帳を取り出している女刑事だ。

表情は、完全に“仕事の顔”。

数分後。

「お待たせしました〜」

場違いなくらい明るい声と一緒に、女が入ってきた。

小野寺マリ。

マリは俺の顔を見るなり、ぱっと目を輝かせ、

「え、ちょっと待って。なにこのイケメン」

と、はしゃぎだす。

「今日は大当たりの日」

なんて言いながらけらけら笑い緊張感ゼロ。

こういうタイプが、夜の街では好かれるのだろうか。

そして、タイミングを見計らったように、店長がボトルを三本、テーブルに並べた。

この店で一番高い酒。

約束通りってわけか。

「私、こんな高いお酒出してもらうのはじめて!ほんとにいいんですか?」

そう聞きながらもすでにマリは上機嫌でグラスに手を伸ばしている。

そんなマリの手を女刑事がパッと両手で抑えて言った。

「聞きたいことがあるの。それにきちんと答えてくれたらこのお酒代はこの人が払ってくれる。でも、答えてくれなければ、ここの支払いはあたしたち警察の経費で落とすことになるから、一番安いお酒に変わるわよ。」

「え〜、お姉さんが警察の人?じゃ、このイケメンは?」

俺を見て首を傾げるマリに、俺は自分の名刺を一枚差し出した。

「道明寺ホールディングス…道明寺つかさ?えっ!ちょっと待って!道明寺司って、同姓同名?」

ちょっと笑いを含んだその言葉だったが、顔を上げて俺と刑事の目を見たあと、

「えっ、あたしの知ってる道明寺司は……」

「偽物。」

思考回線が繋がるのに数秒。そして、完全に理解したマリは、

「マジ?」

と、呟いた。

「その男について、ゆっくり話が聞きたい。」

マリはようやく俺達がここに来た理由が分かったようで、小さく頷いたあと言った。

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「店に来たのは二回だけ。でもね、偽物にしては羽振りはめちゃくちゃ良かった。」

「店でも道明寺だと名乗ってたの?」

「ううん。店では名刺もくれなかったし、自営業だって言ってた。」

「そもそも、会員制のこの店に、名刺なしの怪しい人間が入れるの?」

「それは、まぁ、お金次第かな。このお店、毎週木曜日だけ会員以外のお客も入れる仕組みで、そのなんちゃって道明寺も初回は木曜日に来店したのよ。」

「なんちゃって道明寺?」

「あー、偽物のことね。」

「初回で50万は使ったんじゃないかな。」

そこまで言うと、マリが、

「ねぇ、ちゃんと話してるからそろそろ開けてもいい?」とボトルを指して言う。

「ああ。」

俺の言葉に「わーい」と呟いたあと、慣れた手付きでボトルを開けグラスに注ぐ。

そんなマリを見ていると、視線が、妙に落ち着かねぇ。

理由はすぐに分かった。

胸元が、無駄に開いているのだ。

細身のマリにしてはかなり大きく目立つ胸。

視界に入れないように視線を逸らすと、それと同時に女刑事が自分のジャケットを脱ぎマリの肩にそっとかけた。

「ん?なに?」

「寒いでしょ。」

「え、全然平気だけど〜、」

ヘラっと笑うマリに、

「あたしが、見惚れて話に集中できないからしまっておいて。」

と、刑事が言うと、

マリはくすっと笑いながら、素直にジャケットを引き寄せた。

さすが刑事というものか。俺の視線の動きや、マリの性格、場の空気も読み、誰も気まずくならないようなフォロー。

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そしてもう何事もなかったかのように、手帳に何かを書き込みながら考え込んでいる。

「店の外では何回会ったの?」

「3回かな。ご飯とか、買い物とか」

「最後に会ったのは?」

「んー、一か月前くらい」

「Lilyの女の子を紹介したのもその日?」

「そう。店が終わって六本木にあるバーに連れて行ってもらったの。そのバーで、その子達と会って1時間くらい一緒に呑んだかな。その後バーを出て帰ろうとしたら、しつこくホテルに誘われて、もう気持ち悪くて足蹴りして逃げて帰ってきた。」

そう言うマリに、刑事が小さく親指を立てて「ナイス」と。思わず俺もニヤッとしちまう。

「彼女たちの話では、あなたとその男がバーを出てから15分後くらいにまた店に男が戻ってきて、今度は彼女たちに自分は道明寺司だと名乗り連絡先を聞いたらしいわ。」

「やっぱりね!あのクソ男、とにかく若い子が好きなのよ。なんちゃってロリコン偽道明寺だわ。」

さすがに吹いた。自分のことを言われているのではないと分かっていても、ここまで散々に言われると我慢できずに、笑いを堪えながら酒のグラスを一気に開けると、

「強いお酒だから気をつけて。」

と俺に注意する刑事。

すると、コンコンと部屋にノック音。

刑事が顔も上げずに言う。

「どうぞ」

「失礼します」

入ってきたのは、もう一人の男の刑事だった。

「聞き込み、終わりました」

視線だけ向ける。

「どうだった」

「現時点で、例の男を明確に覚えてるスタッフはいません。男の名刺もなく、連絡先などもなし。ただ、来店時は2回とも50万以上支払ってますので、“金払いのいい新規客”としては、かなり印象に残ってます。」

やっぱりそこか。

足を掴めるとしたら、同じように豪遊している店を当たるしかない。

「OK。山本は署に戻って報告上げてくれる?あたしはこの辺の店をもう少し当たってみる。」

「一人で大丈夫ですか?」

「うん。何かあったら交番から応援呼ぶから大丈夫。」

「了解です。」

その後、10分ほどさらに話を聞いたが収穫はほとんどなく、俺達は店を出た。

「では、ここで。またなにか掴んだらご連絡します。」

女刑事はそう言って、六本木の街へと進んでいく。

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その背中を見送って、

俺は小さく眉を寄せた。

あの格好で行く気か?

黒のスーツに、ヒールのない靴。

いかにも場違いという空気をまとったまま、ネオンの中へ真っ直ぐ踏み込んでいく。

この時間の六本木で、あの雰囲気は正直、浮きすぎだ。

書き入れ時の店に、あんな真面目な顔の女が一人で聞き込みに来たところで、愛想よく口を割る店がどれだけある。

……いや、ないな。

いくら刑事だと顔が知られていようが、この時間帯の店側が、好意的に情報を出すとは思えねぇ。

思わず、浅く息を吐いた。

「……要領がいいんだか悪いんだかわかんねぇ女だな」

ネオンの中を、迷いなく進んでいく女刑事の背中に、

「……仕方ねぇな」と呟き、俺はゆっくりと歩き出した。

女刑事との距離を、

ほんの少しだけ、詰めながら。

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