「自分たちが会っていた道明寺司は、この人じゃない」
女の子たちが語ったこの言葉は、署内に衝撃と安堵をもたらした。
もし本当に道明寺司本人が関わっていたら、単なる風俗営業違反じゃ済まされない。
マスコミも、政治も、上層部も巻き込む大騒ぎになる。
「本人じゃない、ってことは……」
桂木警部補が腕を組む。
「名前を使った別人、か」
あたしは静かに頷いた。
山本が続ける。
「それと……彼女たちの話では、その“道明寺司”は他の店にも出入りしてるらしいです」
「他の店?」
「はい。銀座だけじゃないみたいです。最初に知り合ったのは、あの子たちが客として出入りしていた六本木のバーで、そこにその偽物道明寺とCANTYという店の女が同伴で来ていたらしく。」
「六本木のCANTY……、すぐに調べろ。」
「はい。」
それから間もなくして、CANTYの店の情報が課内で共有される。
ここは3年前に出店した六本木でも新しい店だ。ビルは繁華街の一等地にあり、会員制の高級クラブ。客の出入りもよく特に悪い噂は聞こえていない。
「話、聞きに行くか。」
桂木がそう言うと、
「はい。でも、聞き込みとなると、その服では……」
と、山本が桂木警部補の姿を見て小さく言う。
山本が言うのも仕方がない。桂木警部補はここ数日他の案件も抱えていて、署内で泊まり込みも、もう3日目だ。
上はヨレヨレのワイシャツ、下はダボダボのスラックスという、いかにも仕事に疲れたオヤジ丸出し。
「なんだよ、これじゃマズイって言うのか。」
「はい、多分、店の入口で止められますね。」
部下にグサリと言われた桂木は、少し考えたあと、
「牧野、おまえ着替えはあるか?」
と、あたしに聞く。
「まぁ、いつものスーツならありますけど。」
「じゃあ、それで行くか。山本は…、」
「僕もあります!牧野先輩と二人で行ってきます!」
そう言いながらビシッと敬礼する山本。高級クラブなんて足を踏み入れたことがない部下は、ここぞとばかりに張り切っているのが見え見え。
そんな部下にあたしは、
「21時、現地到着予定で準備するように。」
そう伝えデスクワークに戻った。
…………
予定通りの時間に、CANTYが入っているビルの下に到着したあたしたち。
今日の目的は、店の女の子たちに「偽の道明寺司」と接触があったかどうかを確認すること。もしあったなら、その男の特徴や、手がかりになりそうな情報を聞き出す。
それが、表向きの理由だが、本音は別にもある。
この機会に、CANTYでも未成年者が働いていないかを内偵してくる目的もある。
だから、事前に店側にはこちらが行くことを伝えていない。
営業時間内だ。ほかの客に無用な警戒を与えないよう、あたしたちも一応きれいめなスーツに身を包み、あくまで“客”として店に入る。
とはいえ、完全に身分を隠すわけじゃない。
エントランスでボーイに名刺を差し出し、低い声で言った。
「生活安全課です。店長を」
それだけを短く伝えると、ボーイが急いで中に消え、数分後、店長が固い表情で現れた。
「警察の方が何か?」
「営業は通常通りで構いません。ただ、少し女の子に話を聞きたいのですが。」
あたしがそう言うと、店長は一瞬だけ目を細めた。
「それは困りますね。うちは会員制ですし、勤務中のスタッフを外部の方に」
警察を“外部”と呼ぶあたり、肝が据わっている。
「任意です。拒否するなら、それはそれで構いません。ただ、」
その時だった。
「この店で1番高い酒を3本入れてくれ。それなら話を聞かせてもらえるか?」
低く、よく通る声。
空気が一瞬で変わった。
店長も周囲のボーイたちも一斉に声の方を向く。
……うそでしょ。
そこに立っていたのは、つい先日、道明寺邸で会った道明寺司本人。
黒のコートを無造作に羽織り、片手をポケットに入れたまま、まっすぐこちらを見ている。
「えっ、道明寺さんがどうして?」
山本が思わず声を上げた。
店長の視線が、あたしと道明寺司の間を往復する。
「……道明寺様?」
「ここに書いてある女を席につけてくれるなら、あと2本は追加するけど。」
道明寺司が小さな紙を店長に手渡す。その紙をチラッと覗くと、そこには「小野寺マリ」という名前が。
それは、Lilyで働いていた未成年の女の子たちから聞き出した、道明寺司と繋がりがあるとされる女の子の名前。
「どうして、この名前を?」
思わず上擦った声が出てしまうあたしに、
「警察よりも情報網は広い。そういう立場なんで。」と、勝ち誇ったような嫌味な笑み。
「嫌な奴…。」
小さく呟いた言葉は相手にも伝わったようで、
「あ?」
と、頭1つ分大きい場所から思いっきり見下され圧をかけられる。
すると、店長が上機嫌な声で言った。
「道明寺様、お席にご案内いたします。どうぞこちらへ。」
店長の態度はあからさまだった。
この街で一番強いのは、警察じゃない。金だ。
店の中へと入っていく道明寺司の背中を見ながら、深くため息をついたとき、その背中が振り返って言った。
「VIPルームで一緒に話を聞かせてやってもいーぞ。」
「先輩、行きましょう!」
「ちょっと、山本っ」
VIPルームと聞いた途端、跳ね上がるようにして道明寺司についていく部下。
「公私混同したら承知しないから」
低く言って、あたしも仕方なく一歩を踏み出した。
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