朝から秘書課はいつになくザワザワと騒がしい。
それもそのはず、同僚たちの手の中には、今日発売されたばかりの週刊誌が。
「ビッグカップル誕生か!」
そんな見出しと共に、専務とアリーナの夜の密会写真が掲載された。
「牧野ちゃん、これ見た?」
と、先輩がわざわざあたしに見せてくれたそれは、
2人でバーのソファにならんで座り、夜景をバックに親密そうに語り合う二人。
そして、専務がアリーナの腰の辺りに手を置き、エレベーターへエスコートする場面も。
「なんかショックだなー。」
先輩がそう呟くのが聞こえて、
「どうしてですか?」
と、あたしは会議の資料に目を通しながら聞く。
「だって、専務ってお堅いイメージがあるじゃない?あれだけかっこいいのに、女性関係は清いって言う。」
「…んー、」
「なのにさ、やっぱり綺麗で若い子にはコロッと落ちちゃうのよね〜。やっぱり専務もそういう所は普通の男なのよね。」
先輩はそう言って、ウンウンと1人納得したように去っていく。
その背中を見送りながら、あたしは考える。
アリーナとの交際は今のところデマだろう。けれど、専務が女性関係に清いかと言われれば、果たしてそうだろうか。
上手く隠しているだけで、あたしのようなその場しのぎの相手は沢山いるのでは?
……
それから2週間。
専務の殺人的スケジュールが毎日続いている。
アリーナとの事が公になり、ラファエル家と道明寺家の繋がりが深まったとみた他の企業が我先にと専務とのアポを取りに来ている。
連日の会食やパーティーで専務はかなりお疲れだ。彼女だと噂されている当のアリーナとでさえ、この2週間は会っていない。
それに痺れを切らしたのか、アリーナからあたしに打診のメールが来た。
「司と食事でも行きたいけど、忙しそうかしら?」
忙しいかと聞かれれば、YESと即答できるけれど、アリーナは大事な商談相手の娘さんだ。
無下に断る訳には行かない。
そこで、すぐに西田さんに確認を取る事にした。
西田さんは大きな手帳と睨めっこしながら、
「明日の夜、21時にはパーティーが終わりますので、その後でしたら。
専務にもそうお伝えしておきます。」
と、急遽日程が決まった。
……
待ち合わせ場所は、メープルホテルのバーにあるVIPだけが通される個室。
マスコミ対策のため、当日はアリーナも専務も時間を開けて地下から直通のエレベーターを使う。
あたしとアリーナが個室に着くと、まだ専務の姿はなかった。
西田さんから、「今、そちらに向かっています。」と短いメールが届いていたので、そろそろ着く頃だろう。
アリーナを部屋に残し、あたしはエレベーター前で待機していると、数分後、西田さんと専務が到着した。
「お疲れ様です。」
「アリーナさんは?」
「お部屋でお待ちです。」
「では、専務、私と牧野さんはここで待機してますので何かあったらお呼びください。」
西田さんがそう言うと、専務は軽く頷いてアリーナが待つ個室へと入っていった。
その専務の背中を見つめながら、あたしは急に涙腺が緩み、慌て視線を逸らす。
「牧野さん、私達もこちらで休みましょうか。」
「…はい。」
西田さんに促され、個室から少し離れた場所にある椅子に並んで座る。
「今日は遅い時間になってしまい申し訳ありません。」
「いえっ、こちらこそ急にスケジュールを空けて頂いて…。」
まるで当事者同士のような会話になり、お互い顔を見合いながら笑みが盛れる。
西田さんはいつもはあまり表情を崩さず鉄壁だから近寄り難い印象があるけれど、あたしはどうしてか西田さんといると落ち着くのだ。
ぺちゃくちゃとおしゃべりが多い男性社員よりも、ずっと楽。
静かに並んで座りながら、あたしはポツリと言った。
「専務、だいぶお疲れのようですね。」
あたしの涙腺が緩んだ理由はそれだ。専務の表情はいつもよりも険しくて、相当疲れているのが分かったから。
「だいぶハードスケジュールですので。」
と、西田さんが苦笑したあと、思いがけないことを聞いてきた。
「心配ですか?」
「え?」
「専務の事が心配ですか?」
その質問の意図が分からず数秒間黙ったままのあたしに、西田さんが続けた。
「牧野さん。
私は専務に仕えて今年で7年目です。」
「…はぁ。」
「専務の事なら誰よりも詳しいと自負しております。」
そう言ってあたしの方を見つめる西田さん。
そして急に核心をつく。
「専務と何かありましたか?」
「…え?」
「牧野さんに対して、専務の態度が少し気になりまして。先日も資料室でお2人で何か話されていましたよね。」
「それは…、」
資料室であたし達が何をしていたかは、口が裂けても言えるはずがない。
黙るあたしに、西田さんは静かに、そして優しく言った。
「私は全身全霊をかけて専務をお守りする立場です。だから厳しいことを言うかもしれませんが、牧野さん許してくださいね。」
「はい。」
「専務に対して恋愛感情を抱くのは禁止です。あくまでも仕事として、秘書課のプロとして接してください。」
そんなことは言われなくても百も承知だ。
秘書として仕える上司に対して好意を抱くことなんて、あってはならない。
そんなこと、分かってたはずなのに……。
西田さんに直球で言われて気づく。
『専務を男として見ていた』自分に。
張り詰めた空気を和ますために
「喋りすぎましたね。」
そう言ってクスッと笑いながら腕時計に視線を移す西田さん。
そんな秘書課のプロにあたしは背筋を伸ばして言った。
「承知しました。」
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