月曜日。
出勤するため電車に揺られていると、目の前のスーツ姿の男の人が視界に入る。
背丈はチーム長より少し低いくらいだろうか。
綺麗に整えられた髪、オシャレなネクタイ、長い指。
普段なら何事もなくスルーする光景なのに、今日のあたしはそんな知らない男の人を見ただけでドキドキしてしまう。
この人も彼女と2人きりになったら、そのネクタイを緩めて、髪を乱れさせながら、長い指を奥まで挿れるのだろうか。
そこまで考えてハッとする。
あたしってば、朝から何考えてるのっ!
見ず知らずの男の人を見てそんな想像するなんて。
でも、……仕方ないじゃない。
チーム長が悪い。
いつもはクールなチーム長に、何度も『好きだ』と囁かれながら抱かれたあの夜。少しでも気が緩むと、あの熱っぽい視線と全身に触れた甘い手を思い出してしまう。
あー、ダメだ。あたし完全におかしくなっちゃった。こんな事ばかり考えてたら、まるで欲求不満の人みたい。
ん?欲求不満なのか?…そう思ったけれど、それとは違う気がする。だって、あんな濃厚な事をされたら、不満になるはずがない。いや、むしろ『もうダメ。』とこっちが拒むほどチーム長はえっちぃ。
思考がまたあの夜に戻りそうになり、慌てて頭を振って現実へ戻ったあたしは、その思考を振り切るように会社までの道を大股で歩き始めた。
2課のフロアに入り、
「おはようございます。」
と、声をかけると、チーム内の雰囲気がどこかいつもと違う。
いつも通りなのは、
「うーす。」と軽く応えたチーム長だけ。
それ以外のメンバーは、あたしとチーム長を見比べてニヤニヤしている。
あー、そうだった思い出した。
先週の仕事終わり、みんなが見ている前でチーム長とあたしは2人で帰ったのだ。
その事を今日は聞かれるだろう、そう思ったら案の定、あたしの机に小さな付箋が貼られてあり、そこに
『今日の19時、飲み会決行!色々聞かせてもらうので、心の準備をよろしく!』
と先輩からのメモ。
あたしはそれを読みながら、マジで心の準備が必要だわ…とため息をついた。
:
:
カンパーイ。
会社近くのいつも使う居酒屋。
そこに集合したのは、同じチーム内の6人。
ビールにくちをつけたあと、一斉にあたしの方に視線を向ける。
「牧野ちゃん、端的に聞くわよ。チーム長と付き合ってるの?」
「……はい。」
その答えに、わぁーーー!と声を上げるメンバーたちに、他の客からの痛い視線が集まる。
「シッ!静かに!牧野ちゃん、どういうことか詳しくお姉さんたちに教えてくれる?」
「先輩。。。」
「いつから?どんな成り行きで?」
好奇心いっぱいの目をしてあたしを見つめてくる彼女たち。もう正直に話した方が楽だし、チーム長もそう言っていた。
今日の昼休憩の時、チーム長にメールで
『先輩たちと飲みに行きます。その時にあたし達のこと聞かれると思うんで、どうしたらいいですか?』
そう聞くと、
チーム長からは予想通りの答えだった。
『正直に言えよ。嘘つく必要もねーし。』
だから、あたしは包み隠さず話すつもりで今日ここに来た。
「付き合い始めたのはつい最近です。成り行きは…まぁ、色々ありまして。」
「その色々が聞きたいのよー。チーム長が言っていた、一年以上も片想いしてて、今は告白の返事待ちだっていう相手は牧野ちゃんの事だったのよね?」
「はぁ…。」
「だとしたら、なんでまた急に急接近したの?2人にそんな素振り全然なかったじゃない。」
先輩がそういうのも無理は無い。
1年以上一緒に仕事をしていて、好意を持たれているなんて思ったことあたし自身も一度もなかったのだから、他人が気づくはずは無いだろう。
「もしかして、牧野ちゃんも以前からチーム長のこと狙ってた?」
「え?」
「私、牧野ちゃんは1課の清水チーム長といい感じなのかなぁーと思ってた。」
「私もっ!」
「なんか2人、いい雰囲気だよねー。」
「違いますっ、違います!清水チーム長とは仕事以外で話したことないですし、そんな風に見た事ありませんっ。」
「そなのー?なんか牧野ちゃんってさ、若いのに仕事一筋でしょ。浮いた話とかないから、ちょっと心配だったのよね。変な男に引っかかるんじゃないかって。」
「…………。」
あたしって、やっぱりそう見られていたんだ。
バカみたいに気を張って、仕事が1番だって自分に思い込ませて、信じれるものはお金だけなんて寂しい考えしかなくて。
それが今はどんなに虚しい考えかって分かる。
あの結婚詐欺師にあってチーム長に助けられてから、あたしの人生は変わった。
たまにスカートを履いて出勤して、髪やアクセサリーに気を使って、こうして同僚と飲みに来て、素敵な彼氏まで出来た。
変われてよかった。今が本当に楽しい。
そう思うと、なんだかジワッと涙腺が緩む。
それを見て、先輩が、
「えっ、ちょっと、牧野ちゃん!なに泣いてんの。やだぁー、私たちそんな苛めてるんわけじゃないのよ。」
と、焦ったようにあたしにおしぼりを握らせてくれる。
「あははっ、分かってます〜。ただちょっと色々思い出したっていうか…、」
「思い出した?悲しいこと?」
「いや、そーじゃなくて。」
心配そうにあたしを見つめるメンバーたち。
その優しい瞳に、あたしの気が緩み思わずこぼす。
「あたし、結婚詐欺にあったんです。」
「…………結婚詐欺ーっ!!」
今夜2回目のお叫びに、店のスタッフから白い目で見られる。
「どういうこと牧野ちゃん!」
「…………実は、」
詰め寄る先輩たちにあたしは詐欺にあった1件を話して聞かせた。
「それはまた、かなりベタなやり方に引っかかったわねー。」
「ですよね。自分でもそう思います。」
「でも、その一件でチーム長に火がついたって訳か〜。グズグズしてると他の男に取られると思って、ようやく焦りだしたって事ね。」
全てを話したら、スッキリした。
初めからこうやってみんなに聞いてもらっていたら、詐欺に引っかかることもなかったのかもしれない。
「ありがとうございます。あたしのこんな話に付き合って貰っちゃって。」
「何言ってんの!呼び出したのは私たちなんだしさ、これからもこうやってダラダラ話しながらみんなで飲もうよ。カンパーイ!」
6人のグラスがいい音を立ててカチンッと鳴り響く。
「で、話は戻すけど…、牧野ちゃんこの間の金曜日、チーム長と2人で消えたあとどこに行ったの?」
「えっ?!」
やばい。
先輩たちのグラスはこれで4杯目だ。もうかなり酔ってきているし、ここは女だけの呑み会。
嫌な予感はしたけど、案の定、にたーっと満面の笑みで先輩が聞いてくる。
「チーム長とは、もうヤッた?」
「っ!先輩呑みすぎですって!」
「なによー、照れちゃってー。その顔はもうヤッたんだぁ。」
「し、知りませんっ!」
酸いも甘いも経験してきてる先輩たちは容赦ない。
「いーなー、羨ましい。あの完璧な顔面に抱かれるなんて嫉妬しちゃう。」
「声大きいですって。」
「優しい?それともハード?」
「チーム長はベッドでもハードでしょきっと。」
「いや、意外にウブだったりして。」
あたしを他所に勝手に盛り上がる先輩たち。
その会話を聴きながら、あたしはまたあの夜の甘い時間を思い出し、熱くなる。
パタパタと手で顔を扇ぎながら、
『思い出すな思い出すな。』と、自分に言い聞かせた。
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