約束通り19時に会社を出ると、
「他の奴らに邪魔されたくねーから、移動するぞ。」
と、チーム長に声をかけられ、そのまま背中を押されるように地下鉄の入り口を下りていく。
そして、
「おまえの家どの辺?」
という質問に、
「××です。」
とあっさり答えて盛大に怒られる。
「おまえな、男に家聞かれてすぐに答えんな。」
「えっ、だって!
仕事の延長で、チーム長に聞かれたら反射的に答えてしまうっていうか……。」
「まぁ、そのポジションは嬉しいけどよ、今は上司としてじゃなくて男としてちゃんと見ろよ。」
そんな事をサラッと言って、あたしの家の方面へ行く地下鉄に乗り込むチーム長。
この時間はいつも混んでいる。
座れないのはもちろん、扉の近くをキープすることも困難だ。
今日もいつにも増してギューギューな電車内。
押し込まれるように入ると、チーム長と離れそうになり、慌てて咄嗟に手を伸ばす。
すると、チーム長はあたしの腕を掴み自分の方へ引き寄せ、手すりの近くに身体をキープしてくれた。
チーム長との距離が近くてドキドキが止まらない。
お化粧、ちゃんと直してくればよかった。
前髪うねったりしてないだろうか。
リップ赤過ぎないよね?
女の子モード全開でグルグル考えていると、あっという間に6つ離れた駅に到着し、またチーム長に腕をつかまれ電車を下りる。
駅前には居酒屋、レストラン、カフェと沢山並んでいて、その中からあたしたちが選んだのは和食の居酒屋だ。
店の奥に通されて2人席に向かい合って座る。
チーム長はビール、あたしはサワーを頼み、
「お疲れ様でした。」と軽くグラスを合わせると妙な気分になる。
2ヶ月前のあたしは、まさかこんな風に仕事終わりにチーム長とふたりでお酒を飲んでいるなんて想像もしなかっただろう。
いや、今だって信じられないことだけど、目の前のこの人はそんな雰囲気も見せずに、片手でネクタイを弛めビールを飲んでいる。
その姿をじっと見つめると、相変わらず無駄にかっこいいなぁと心の中で呟いてしまう。
そのツルツルの肌は何を食べたらそうなるの?
綺麗な高い鼻は、もしかして外国の血が入ってる?
逆三角形の身体は筋トレのたまものか?
色々考えていると、
「俺の事見すぎ。」
と、あたしの両目を大きな手で隠される。
凝視してしまっていたことに今更ながら恥ずかしさが込み上げてきて、
「ち、違いますっ!」
と、サワーをがぶ飲みするあたしに、
「倒れるまで酔ってもいーぞ。
部屋まで送ってやるから。」
と、ニヤリと笑うチーム長。
ああ、そういう事か。
男の人と呑むことに慣れていないあたしは何も疑わずに自分の家の近くまで来てしまったけれど、これは俗に言う『お持ち帰りコース』というやつかもしれない。
グダグダになるまで酔わせて、女の子を持ち帰る。
その後は……。
「チーム長、慣れてますね。」
疑いの目でチーム長を見ると、
「あ?」
と、険しい目で聞き返してくる。
「いつもこの手法で女の子をお持ち帰りしてるんですか?」
「…………。」
半分冗談で言ったのに、目の前のこの人は急に不機嫌な顔になる。
この表情をする時はマジで機嫌の悪い時だという事はチーム内のメンバーならみんな知っている。
先に謝っておくのが得策だ。
「すみません。冗談です。」
そう言ってチーム長のお皿に唐揚げを1つのせると、
「……ったく、おまえは。こっちの気も知らねーで。」
と、綺麗なウェーブ髪をかきあげる。
「いい機会だから言っておくけどよ、」
「はいっ」
ここからチーム長のお説教タイムが始まるのだろうと思い、持っていた箸を置き背筋を伸ばすと、
「俺はおまえがいるから2課のチーム長になったんだぞ。」
と、予想外な言葉が返ってきた。
「……え?」
「そんぐらい前から、俺はおまえに本気だってこと。」
「…………。」
「だから、さっさと俺と付き合う決断しろ。」
チーム長がNYから帰ってきてうちのチーム長になったのは1年と少し前だ。
それより前にあたしたちが話したことなんてないし、会ったのだって学生の頃のあの『親友が書いたラブレターがあたしのだと勘違いされた』忌々しい記憶だけだ。
それなのに、いつ?
「あたしがいるから2課にきたんですか?」
「ああ。」
「どうして?
あたしのこと知ってたんですか?」
分からないことだらけで質問攻めにするあたしに、
「付き合ったら教えてやる。」
と、笑いビールを飲み干すチーム長。
それからその話は何度聞いても教えてくれず、結局仕事の話で盛り上がりながら2時間近く居酒屋で過ごした。
その間、あたし達の席の近くには女性客が入れ代わり立ち代わり座っていく。
その誰もが、チーム長の綺麗さに目を奪われるようで何度も振り返ってヒソヒソと話しているのが分かる。
初めのうちはそんな光景が新鮮で楽しかったけれど、次第になんだか不思議な感覚に陥る。
周りの女子が見れば見るほど、チーム長をどこかに隠して誰にも見せたくない。
チーム長にも周りの女の子を見て欲しくない。
そんなヤキモチに似た気持ちがMAXに達して、
「そろそろ出ます?」
と、チーム長に言っていた。
店を出ると歩いて10分ほどのところにあたしのマンションがある。
「送ってく。」
そう言われ、素直にその好意に甘えることにしたあたしは、
家の前に着くと、
「じゃあ、また明日な。」
と言うチーム長に向かって、とんでもない事を言っていた。
「あ、あのー、」
「ん?」
「部屋に寄って…いきます?」
結婚寸前だった水川さんにでさえ、そんな事言ったこと無かったのに、どうしたあたし。
勇気を振り絞って言ったのに、そんなあたしの言葉も虚しく、
「…やめとく。」
とバッサリ断るチーム長。
「そ、そうですよね!
すみません、なんか、こんな狭いところにお誘いしてっ。送ってもらったからそのお礼にお茶でも出した方がいいかなーと思って言っただけなんで全然っ深い意味はなくて!じゃあ、また明日っ。」
調子に乗った自分に蹴りを入れてやりたい。
そう思いながら逃げるように部屋に戻ろうとしたあたしの腕をチーム長がガシッと掴む。
そして、言った。
「俺、今おまえの部屋に入ったら、マジで焦ってやらかす自信あるから。」
「え?」
「電車でも店でも自制心フル稼働して我慢してんだぞ。2人きりになったら、たぶん抑えられねーから、ちゃんとおまえの返事聞くまで待つ。」
何その、どストレートな発言。
やめて、心臓が痛すぎる。
「……ギブ……します。」
「あ?」
「もう、ギブっ。降参っ。」
あたしは、軽くチーム長の胸を叩きながらそう叫んでいた。
「なんだよ、それ。」
クスッと笑いながらあたしの手を掴む。
「そんな事言われたら、オチないわけないでしょ!」
「…………。」
「こんなあたしで良ければ……付き合います?」
今のあたし、たぶん顔真っ赤。
恥ずかしさで俯くと、急に身体が温かいものに包まれて、そして耳元で
「撤回なしだからな。」
と、甘く囁かれる。
あぁー、とうとうやってしまった。
1に仕事、2にお金、3以降は必要なし。なんて思っていたのに、今のあたしは3以降の恋愛にどっぷりと足を踏み入れてしまったようだ。
しかも、かなり深い……っぽい。
ようやく身体が離されたと思ったら、
え?……キス?
突然、唇に重なるチーム長の温もり。
距離が近すぎて目が開けられない。
付き合って3秒で、しかも誰かに見られてもおかしくない野外。
恋愛初心者のあたしにとって、かなりハードな展開。
それなのに、キスは止まらず身体もホールドされたまま。
「チ、チーム長、待って待って。」
「もう返事聞いたから、待つ必要ねーだろ。」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくて……」
「部屋行くか?」
「今日は、やっぱやめといた方が……」
軽い気持ちで誘ったさっきの自分を張り倒してやりたい。
いざそういう事もしてもいい関係になったら、自分の経験値不足に戸惑う。
なぜなら、あたしは、
まだ……未経験だから。
これから先のチーム長との恋愛には、まだまだ超えなきゃならないハードルがありそうだ。
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