ミュージカルはとても素晴らしかった。
隣に道明寺先生がいる事さえ忘れて見入ってしまい、あっという間に時間が過ぎていった。
時計を見ると、21時半。
家を出るときに菓子パンをひとかじりしてきただけだから、お腹が空いている。
この後、道明寺先生と一緒にどこかに……、
そう思いながら席を立ち、並んでロビーへと歩いていると、
後ろから、「道明寺さん。」と呼ぶ声がしてあたしたちは振りかえった。
「道明寺さん、ご無沙汰しています。」
そう声をかけて来たのは、50代くらいのご夫婦。
「あっ、どうもご無沙汰しています。
お元気でしたか?」
「はい。
いつ日本に?
楓さんから度々司さんの事は聞いていましたが、NYにいらっしゃったのでは?」
「一時帰国しています。2週間後にはまたむこうに。」
親しそうにそう話すご夫婦と道明寺先生。
楓さん……と言う事は、お母様の知り合いだろうか。
あたしは人の流れに任せてそっとその場を離れて、化粧室へと向かった。
そして、10分後。
化粧室から出たあたしは、道明寺先生を探すためさっきの場所へ行ってみると、
まだ、道明寺先生とご夫婦は笑いながら話をしていた。
ふと、道明寺先生と目が合う。
あたしは、口だけを動かして道明寺先生に伝えた。
『先に帰ります。』
彼は一瞬、え?という顔をしたけれど、あたしはニコッと笑って出口へと向かった。
もう時間も遅い。
道明寺先生は、あのままご夫婦とどこかへ行く事になるかもしれない。
私はせっかくお洒落もしてきたし、会話もほとんどしていないから一緒に居たいのは勿論だけど、彼の大切な時間を奪ってまで自分の気持ちをアピールするつもりはない。
劇場の前に止まっているタクシーに乗り込むと、素晴らしかったミュージカルの余韻に浸りながら帰路についた。
マンションに着き鍵を開けるのと同時に携帯が震える。
画面を見ると、つい先日再登録したばかりの道明寺先生の番号だ。
「もしもし。」
そう出ると、
「どこにいる?」
と、道明寺先生が言った。
「今、マンションに着いたところ。」
「…悪かったな、送ってやれなくて。」
「大丈夫です。
もう遅いし、明日も仕事だし。」
そう言いながら、慣れないヒールを脱いで部屋に入ると、
「…なんか、すげぇあっさりしてんな。」
と、道明寺先生が呟くのが聞こえた。
「え?」
「好きだとか言っておきながら、随分あっさり帰りやがって。」
そんな風に言われるのは心外だ。
拗ねたような口調でそう言う道明寺先生に、
あたしも負けじと拗ねて言う。
「あっさりなんてしてませんっ!
もっと一緒に居たかったし、お腹もペコペコだからご飯だって食べたかったし、ヒールで足も痛かったから家まで送って貰いたかったです。」
さすがにここまで駄々をこねると恥ずかしいけれど、道明寺先生はクスッと笑った後言った。
「プッ…
悪かったな、怒んなって。」
「…悪いと思ってるなら、
ご飯ご馳走してください。」
付き合ってる時でさえ、こんな事を言った事はない。
でも、今はどんな理由を付けてでも道明寺先生との約束を取り付けたい。
「土曜の夜、空いてるか?」
「うん。」
「何時がいい?」
「出来るだけ早く、…会いたいです。」
自分で言って、顔がじわじわと熱くなるのが分かる。
すると、その火照りを助長させるかのように、道明寺先生が言った。
「今日の服、すげぇ似合ってたから、
同じ服装で来い。」
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