次の日、社内では昨夜の飲み会の話題で持ち切りだった。
「営業部の道明寺チーム長が、飲み会で好きな人がいるってあっさり答えたらしいよ!」
「1年も片思いしてるって!」
「告白したけど、相手の返事待ち〜!」
今まで浮いた話のひとつもなかったチーム長が、突如として自ら暴露した恋愛トーク。
「OK貰えるまでいつまででも待つ。」
と言った潔さに、道明寺チーム長の株は急上昇中だ。
でも……、あたしとしてはかなり複雑で。
1年片思いしている相手というのは、自惚れでなければあたしのことでいいのだろうか?
いやいや、あたしだってついこの間言われたばかりだから、信じ難い。
そんな素振りは1度だってなかったのに。
グルグルと頭の中で考えながらあっという間に昼休憩の時間。
社食でランチを済ませ営業部のフロアに戻るエレベーターに乗り込むと、やはりそのエレベーター内でも道明寺チーム長の話題で持ち切りだった。
いつまでこれが続くのか。
チーム長本人もきっと、自分で蒔いた種だとはいえ、疲れてきているだろう。
エレベーターを降り、フロアの廊下を真っ直ぐ歩いていくと、ちょうど正面から道明寺チーム長がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
バチっと目が合う。
すると、少しだけニヤっと笑うチーム長。
あたしの心配はよそに、疲れた雰囲気なんて微塵も感じさせないオーラ。
あたし達の距離が2メートル程に近付いた時、
「葵川商事に行ってくる。」
と、チーム長が言う。
あー、そうだった。
今日は午後から打ち合わせで外勤なのだ。
いつものように、
「行ってらっしゃい。」
と、言おうとすると、
それを言い出す前に、あたしの腕が強く引かれ、廊下の端へと移動させられる。
そこは、数年前まで喫煙室として使われていたスペース。
今は社内での喫煙は禁止になっているので、自然とそこは使われていないデッドスペースとなっていた。
突然そこに引き込まれて驚くあたしに、チーム長が言う。
「清水チーム長に何か言われてないか?」
「…え?清水チーム長?」
「ああ、昨日の飲み会、おまえの隣に座ってただろ。距離が近くてムカついた。
口説かれたりしてねーよな?」
真剣にそう聞くこの人に、あたしは照れるというより呆れる。
「何考えてるんですかっ、そんなわけあるはずないでしょ!
それより、…大丈夫ですか?昨日の発言がかなり噂になってますけど。」
「ああ、想像以上だな。
他の課の奴らの耳にまでもう届いてる。」
噂というものはあっという間に広がる。
それが謎のベールに包まれた道明寺チーム長となれば尚更だ。
気の毒そうにチーム長の顔を見つめると、
「随分他人事だな。」
と、睨み返される。
「えっ、だって…」
「だってもクソもねーぞ。相手はおまえだって言えばよかったな。」
「やめてくださいっ!
そんなことしたら、うちの課は仕事どころじゃなくなりますっ。」
あたしがそう言うと、チーム長は
「どうやったら、おまえはすんなりオチるんだよ…。」
と、呟きながら壁に背中を預けた。
「…チーム長?」
「打ち合わせに行きたくねぇ。」
「はぁ?」
「なんか、力が湧かねぇ。」
急に子供みたいなことを言い出す。
「13時半からですよね?
もう、行かないと間に合いませんよ。」
「ドタキャンするか?」
「有り得ない。」
首をブンブン振って否定すると、クスッと笑いながらチーム長があたしに言った。
「牧野、ハグ。」
「…はい?」
「ハグしろよ。」
そう言ってあたしに向かって両手を広げるこの人。
「はぁ?」
思わず大きな声で聞き返すと、チーム長はチラッと廊下の方に視線を移し、
「誰か来たらヤバいだろバカ。」
と、あたしに1歩近づいてくる。
「チ、チーム長っ」
距離の近さに1歩後退すると、
すかさずまた1歩詰められ、
「朝からマジで疲れた。
ハグぐらいいーだろ?なんもしねーから。」
と、かすれた声で言う。
ハグぐらい…チーム長はそう言うけれど、距離が近くなっただけで、あたしの心臓は今にも飛び出しそうにドキドキしている。
ハグなんかしたら、そのドキドキがチーム長にも聞こえてしまうんじゃないかと怖くて動けずにいると、
自分の腕時計をチラッと見たチーム長は、
「時間だ、行ってくる。」
と、優しく言い、ハグは諦めたのかくるりと後ろを向く。
その時、あたしは自分でも信じられないような行動をしていた。
歩き出そうとするチーム長の背中にぶつかるように抱きつくと、ギュッと両手に思いっきり力を入れた。
これが正しいハグかどうかなんて分からない。
けれど、今のあたしにできる精一杯の表現なのだ。
5秒程そうしていたか…急に恥ずかしくなり腕を緩めると、その拍子にチーム長があたしの方に向き直った。
そして、
「逆効果だな。」
と、呟きながらあたしを正面から腕の中に包み込んだ。
「ますます行きたくなくなった。」
「え?」
「ずっと、こうしてたい。」
耳元でそんな事を囁かれて、自分でも分かるほど頬が熱い。
「チ、チーム長っ、時間が!」
「ん、分かってる。」
それでもなかなか離してくれない。
「牧野。」
「…はい。」
「いつものやつ、言って。」
「いつもの?」
あたしが聞き返すと、チーム長はようやくあたしを解放したあと言った。
「いつも俺が外勤する時、行ってらっしゃいっておまえ言うだろ?」
「…あー。」
チーム長にだけでなく、誰かが社外へ行く時は、
「行ってらっしゃい、気をつけて。」
と、声をかけるようにしている。
新人の時の教育係だった先輩がそうしていたから。
「俺、おまえのあの言葉、すげぇ好き。」
なんて答えていいか分からないあたしに、道明寺チーム長は目を細めながら言った。
「行ってきます。」
「…行ってらっしゃい。気をつけて。」
いつものようにそう答えると、ポンポンとあたしの頭を撫でたあとチーム長は廊下を歩いていく。
デッドスペースに残されたあたしは……、
膝から力が抜けてその場にしゃがみこむ。
ダメだ。
恋愛というのはかなりハードで身体に悪い。
フルマラソンを走りきったあとのように、心臓がどくどくと波打っている。
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