僕らの時間 32 (最終話)

僕らの時間
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『僕らが30歳の夏』

「つくし、あと5分で家出るぞ。」

「ん。パパ、カメラは持った?」

「おう。」

朝から我が家はバタバタと騒々しい。

それもそのはず、今日は長女が通う幼稚舎で初めての運動会なのだ。

「ババァとタマは今家を出たってよ。」

「ほんと?あたし達より先に着いちゃうかもね。」

「車、ぶっ飛ばせば大丈夫だろ。」

「パパ、警察に捕まって運動会見れなくなるって事だけはやめてよね。」

結婚して4年目。

付き合ってる時もずっと『道明寺』呼びだったけれど、子供が生まれてから『パパ』と呼ぶようになった。

道明寺は相変わらずあたしを『つくし』と呼ぶ。

あたしも『司』と呼べればいいのだけど、それはなかなか恥ずかしくてハードルが高い。

結婚して直ぐに妊娠が発覚。

子育てに専念するためあたしは仕事をやめて主婦になった。

結婚生活は、この上なく幸せだ。

子育てなんて出来るのか?と道明寺のことを疑っていたけれど、蓋を開ければ、この人はかなり子煩悩だ。

お風呂や着替え、寝かしつけも時間の許す限りやってくれる。休みになれば遠出をして遊びにも連れていってくれる。

本人曰く、

「自分がして貰えなかった分、子供にはやってやりてぇ」とか可愛くないことを言っているけれど、

愛情たっぷりで育てられた人だからこそ、自分の子供にもそう接することが出来るのをあたしは知っている。

「つくし、帽子は持ってきたか?」

「あっ!忘れた。」

「ったく、日焼けするぞ。」

「リビングのテーブルに置いてあったのに…。」

せっかく準備していたのに、直前で忘れたらしい。

もう取りに戻る時間は無い。

仕方ない、日焼け止めは塗ってきてるから大丈夫だろう。

そう思った時、あたしの頭にポンッと道明寺が何かを乗せた。

「俺の被ってろ。」

どうやら、道明寺のキャップをあたしに貸してくれたようだ。

「でも、パパは?」

「俺はいい。」

そう言ってあたしの頭をクシャっと撫でるこの人。

その仕草に、ふと昔の事が蘇った。

「ねぇ、パパ。

昔もこれと同じことあったの覚えてる?」

「あ?そうだったか?」

「うん。確か、中等部の体育祭の時かな〜。

あたしが帽子を忘れて同じクラスの子に借りようとしたら、パパが来てあたしの頭に強引に自分の帽子を被らせたでしょ。」

「……あー、あったかもなそんな事。」

「でもさ、あたしとパパのクラスは違ったから、帽子の色も違うのに。

それであたしが拒否したら、あんた3日間くらい口聞いてくれなくて。」

あの頃は、兄妹のようにじゃれあって喧嘩して仲直りして。そんな事の繰り返しだった。

思い出してクスッと笑うあたしを見て、道明寺が呆れたように言う。

「おまえは鈍感すぎんだよ。」

「は?」

「おまえが帽子を借りようとしてたあいつ、おまえに気があった佐久間だろ?」

「はぁ、何言ってんのあんた。」

「ほらな?気づいてねーだろおまえ。

あいつ、お前の事ずっと好きだったろ。」

「えっ、えっ、……ほんとそれ?」

全く知らなかったし、今となっては佐久間くんの顔さえ思い出せない。

「知らなかったなー。」

そう呟くあたしに、

「……俺はさぁ、」

と、道明寺がなんだか言いにくそうに言った。

「ん?」

「ちょうどあの頃、おまえが好きだって自覚して、他のやつに近づけさせたくなかった。」

照れたようにそう言う道明寺。

「確かに、番犬のようにいつもあたしの側にいたよね。」

「俺は番犬かよっ」

「フフフ……、いつも守ってくれたじゃん。」

「…ああ。これからも俺が守る。」

そう言って、もう一度あたしの頭を優しく撫でる。

『幼なじみ』から『恋人』へ、そして、今は『家族』へと関係は変わったけれど、

いつもあたしのそばで見守ってくれるこの人。

道明寺がくれたキャップを被りながら、

「ありがと。」

と、伝えると、

道明寺が

「マジかよ…」

と、前を見ながら言った。

「なに?」

道明寺の視線の先を見ると、幼稚舎の校舎の横にズラリと並ぶ車の列。

「パパ…、」

「渋滞じゃん。」

「えっー、あと10分で開会式!」

「やべぇっ」

このままでいくと、運動会の開会式を見逃して、娘の桜に怒られることになりそうだ。

あたしは急いで携帯を取りだして進にコールする。

「進?あたしだけど。

今ね、園舎の近くまで来てるんだけど、車が停められなくて。

もしかしたら開会式に間に合わないかもしれないの。お願いっ、桜のビデオ撮っておいてくれる?」

「了解。気をつけて来てね。」

電話を切って、お互い顔を見合わせるあたしと道明寺。

「桜に怒られるね。」

「だな。」

そう言って、笑い合う。

どうやら、ドタバタとしたあたしたちの時間はこれからも続きそうだ。

FIN

『僕らの時間』お付き合いありがとうございました。

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