『僕らが30歳の夏』
「つくし、あと5分で家出るぞ。」
「ん。パパ、カメラは持った?」
「おう。」
朝から我が家はバタバタと騒々しい。
それもそのはず、今日は長女が通う幼稚舎で初めての運動会なのだ。
「ババァとタマは今家を出たってよ。」
「ほんと?あたし達より先に着いちゃうかもね。」
「車、ぶっ飛ばせば大丈夫だろ。」
「パパ、警察に捕まって運動会見れなくなるって事だけはやめてよね。」
結婚して4年目。
付き合ってる時もずっと『道明寺』呼びだったけれど、子供が生まれてから『パパ』と呼ぶようになった。
道明寺は相変わらずあたしを『つくし』と呼ぶ。
あたしも『司』と呼べればいいのだけど、それはなかなか恥ずかしくてハードルが高い。
結婚して直ぐに妊娠が発覚。
子育てに専念するためあたしは仕事をやめて主婦になった。
結婚生活は、この上なく幸せだ。
子育てなんて出来るのか?と道明寺のことを疑っていたけれど、蓋を開ければ、この人はかなり子煩悩だ。
お風呂や着替え、寝かしつけも時間の許す限りやってくれる。休みになれば遠出をして遊びにも連れていってくれる。
本人曰く、
「自分がして貰えなかった分、子供にはやってやりてぇ」とか可愛くないことを言っているけれど、
愛情たっぷりで育てられた人だからこそ、自分の子供にもそう接することが出来るのをあたしは知っている。
「つくし、帽子は持ってきたか?」
「あっ!忘れた。」
「ったく、日焼けするぞ。」
「リビングのテーブルに置いてあったのに…。」
せっかく準備していたのに、直前で忘れたらしい。
もう取りに戻る時間は無い。
仕方ない、日焼け止めは塗ってきてるから大丈夫だろう。
そう思った時、あたしの頭にポンッと道明寺が何かを乗せた。
「俺の被ってろ。」
どうやら、道明寺のキャップをあたしに貸してくれたようだ。
「でも、パパは?」
「俺はいい。」
そう言ってあたしの頭をクシャっと撫でるこの人。
その仕草に、ふと昔の事が蘇った。
「ねぇ、パパ。
昔もこれと同じことあったの覚えてる?」
「あ?そうだったか?」
「うん。確か、中等部の体育祭の時かな〜。
あたしが帽子を忘れて同じクラスの子に借りようとしたら、パパが来てあたしの頭に強引に自分の帽子を被らせたでしょ。」
「……あー、あったかもなそんな事。」
「でもさ、あたしとパパのクラスは違ったから、帽子の色も違うのに。
それであたしが拒否したら、あんた3日間くらい口聞いてくれなくて。」
あの頃は、兄妹のようにじゃれあって喧嘩して仲直りして。そんな事の繰り返しだった。
思い出してクスッと笑うあたしを見て、道明寺が呆れたように言う。
「おまえは鈍感すぎんだよ。」
「は?」
「おまえが帽子を借りようとしてたあいつ、おまえに気があった佐久間だろ?」
「はぁ、何言ってんのあんた。」
「ほらな?気づいてねーだろおまえ。
あいつ、お前の事ずっと好きだったろ。」
「えっ、えっ、……ほんとそれ?」
全く知らなかったし、今となっては佐久間くんの顔さえ思い出せない。
「知らなかったなー。」
そう呟くあたしに、
「……俺はさぁ、」
と、道明寺がなんだか言いにくそうに言った。
「ん?」
「ちょうどあの頃、おまえが好きだって自覚して、他のやつに近づけさせたくなかった。」
照れたようにそう言う道明寺。
「確かに、番犬のようにいつもあたしの側にいたよね。」
「俺は番犬かよっ」
「フフフ……、いつも守ってくれたじゃん。」
「…ああ。これからも俺が守る。」
そう言って、もう一度あたしの頭を優しく撫でる。
『幼なじみ』から『恋人』へ、そして、今は『家族』へと関係は変わったけれど、
いつもあたしのそばで見守ってくれるこの人。
道明寺がくれたキャップを被りながら、
「ありがと。」
と、伝えると、
道明寺が
「マジかよ…」
と、前を見ながら言った。
「なに?」
道明寺の視線の先を見ると、幼稚舎の校舎の横にズラリと並ぶ車の列。
「パパ…、」
「渋滞じゃん。」
「えっー、あと10分で開会式!」
「やべぇっ」
このままでいくと、運動会の開会式を見逃して、娘の桜に怒られることになりそうだ。
あたしは急いで携帯を取りだして進にコールする。
「進?あたしだけど。
今ね、園舎の近くまで来てるんだけど、車が停められなくて。
もしかしたら開会式に間に合わないかもしれないの。お願いっ、桜のビデオ撮っておいてくれる?」
「了解。気をつけて来てね。」
電話を切って、お互い顔を見合わせるあたしと道明寺。
「桜に怒られるね。」
「だな。」
そう言って、笑い合う。
どうやら、ドタバタとしたあたしたちの時間はこれからも続きそうだ。
FIN
『僕らの時間』お付き合いありがとうございました。
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