温泉宿を出たところで俺の専用車が止まっているのが見えた。
いつものように運転手が後部座席の扉を開けている。
車の中に牧野を押し込んで、俺も続けて入ると、ゆっくりと車が動き出した。
「西田さんは?」
しばらく車が走り出したあと牧野が俺に聞いてきた。
「おまえに気を遣ったんじゃねーの。」
「ん?」
「昨夜はほとんど眠れませんでした、っつー顔してるぞおまえ。」
「っ!」
「車の中でゆっくり寝てろ。」
隣に座る牧野の体を俺のほうに倒して支えてやる。
西田が俺らに気を遣ったのは確実だ。
朝早くに西田からメールがあり、
『急用でお先に東京へ戻ります。』
とあり、俺さえも顔を合わせていない。
「ところで、西田は分かるけど、滋が共犯なのはどうしてだ?」
西田には牧野とのキスを邪魔された覚えがあるが、滋が俺たちの仲を手助けしてくれるとは思わなかった。
「なんかね、道明寺に借りがあるみたいよ。」
「借り?」
「うん。実はね滋さん、彼氏ができたの。
道明寺、滋さんの誕生日にホテルのデザートバイキングのチケットあげたでしょ。」
「ああ。」
そういえば、一番手近にあったそれを渡した覚えがある。
「その時来日してたパティシエに一目惚れされて付き合うことになったみたい。
もう、毎日、運命の男だぁーって叫んでるわ滋さん。」
「マジかよ。」
どこで運命の人に巡りあうか分からない。
たまたま乗ったエレベーターに牧野がいた。
なぜだか、その横顔が忘れられなかった。
そして大河原邸で再会する。
その出会いは運命のように感じるけれど、どうでもない日々のひとこまのようにも思える。
見る者にとって、運命ととらえるかそうでないか。
俺に寄り添うように眠りに入ろうとしている牧野を見つめて、
「俺にとってもおまえが運命の女だ。」
そう呟いた。
それから数ヵ月。
牧野との交際は順調だ。
付き合ってることを周りに隠すつもりはない俺に、マスコミの取材もヒートアップしてきている。
雑誌やメディアの露出は道明寺の力で徹底的に押さえ付けているが、最近では二人で外出することも難しくなってきた。
そうなると、二人で過ごす時間も場所も限られてくる。
互いの家は常に誰かがいる。
こういうときに一人暮らしをしていれば……と、今まで感じたこともないことに苦労している。
「思いきって結婚するか?」
「思いきりにもほどがあるわ。」
相変わらず可愛くねぇこいつ。
「なんだよ、したくねーのかよ。」
「別にそうじゃないけどっ。そんな風に思い付きで言われたら……。」
「バカっ、思い付きじゃねーよ。
俺はマジで言ってる。」
「マジって……。
じゃあ、今のはプロポーズってこと?」
俺を見上げてなぜか睨みながら言うこいつ。
そんな牧野を見つめながら、ここ最近ずっと考えていたことが頭をよぎる。
「…………。いや、今のは忘れろ。」
「……でしょ。」
少しだけ悲しそうな顔をして目線をそらし、また歩き出す牧野。
俺はその手を掴み、もう一度俺の方を向かせて言った。
「まだ指輪も用意してねーんだよ。
おまえの気に入ったものをおまえのサイズで用意する。
だから、プロポーズはもう少し格好つけてやり直させてくれ。」
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