「坊っちゃん。
タマはとうとうお迎えが来たようです。」
いつもと変わらない朝食の時間、コーヒーを片手に新聞を読んでいた俺に、タマが深刻そうにそう言った。
「あ?
お迎えよりも先に、頭がボケたのか?」
「ボケてなんていませんよ。
坊っちゃんは何かあるごとに、タマがポックリいけばいいなんて言ってたじゃないですか。」
確かに冗談で『お迎えが近いぞ』とは言ってたかもしれねぇけど、本気でポックリいけばいいなんて、いくら俺でも思っていない。
「なんだよ、なんかあったのか?」
新聞をテーブルに置いてそう言う俺に、
「実は…………、
胃に腫瘍が見つかりまして……。」
と俯くタマ。
「マジかよっ。
間違いねーのか?医者はなんて言ってる?」
「もう手遅れかも知れないけれど、手術を受けた方がいいと。
ですので、明後日、受けることにしました。
明日から入院しますので、坊っちゃんのお世話もこれで最後かと。」
思ってもいなかった話に言葉も出ない。
「…………医者は?
どこの病院で受ける?
腕のいい奴を紹介するからそこに転院しろ。」
日本で一番の名医を探してやる。
そんな思いで言った俺に、
「ドクターはもう決めてあるんです。
誰よりも信頼していて、腕のいいドクターを。」
そう言って笑うタマは、なぜか嬉しそうだった。
タマの手術日当日。
夕方の手術と聞き、終わった頃に顔でも出してやるかと、オフィスで急ぎの仕事を片付ける。
デスクの横には大きな紙袋。
そこには、タマの好きなお菓子やらゼリー、そして、お気に入りのアイドルの写真集まで入ってやがる。
今朝、邸を出る俺に、使用人たちが恐る恐る近付いてきて、
「タマさんへの差し入れです。
タマさんが司さまに持ってきて頂きたいとおっしゃってまして…………。」
そう言ってこの紙袋を渡された。
見舞いには行ってやろうと思っていたが、こんな風にして強制的に行かせるように仕向けるタマに苦笑しながらもおとなしく紙袋を受け取ってきた。
「司さま、そろそろお時間です。」
「おう。」
タマの手術が終わる頃だ。
俺はスーツの上着を羽織り、オフィスを出た。
タマが手術を受けた病院は都内の名の知れた大学病院。
メディアでも有名なドクターが数人在籍していて、有名人やスポーツ選手も通っている。
大抵は他の病院から移された難しい症例か、
高度な技術を要する患者が優先的に入るような、
そんな病院のはずなのに、胃の腫瘍手術を受けるだけのタマがそんなところに…………、
と疑問もよぎったが、信頼してる知り合いのドクターがいるんだろうと何も疑っていなかった。
病室は5階の特別室。
タマは、一般病棟への入院手続きを済ませていたらしいが、西田に言って変えさせた。
目を覚ましたタマはきっと驚くだろう。
そう思いながら病室に行くと、広い部屋の中の大きなベッドに、小さなタマが眠っている。
まだ目を覚ましていないようで、細い腕には点滴の線が伸びていた。
そこに、
トントンと部屋をノックする音。
振り向くと、俺と同じくらいの若いドクターが立っていた。
「失礼します。
目は覚まされましたか?」
「いや、まだみたいだ。」
「そうですか、
あの、失礼ですが、ご家族のかたで?」
「お……う。まぁ、そんなとこだな。」
血は繋がってねーけど、もしかしたら一番近い家族かもしれねぇ。
「そうですか。
申し遅れました、私はタマさんを担当させて頂きます外科の児島です。
何かありましたら、気軽におっしゃってください。」
そう言って頭を下げる男は爽やかで好感が持てる。
「タマとは……どういう知り合いだ?」
「え?」
「知り合いのドクターを信用してここで手術を受けることにしたってタマが言ってたから。」
そう言う俺に、
「あぁー。」
と何かを納得した様子のドクター。
「手術を担当したのは別の医師です。
私の同期ですが、タマさんとは古くからのお知り合いのようで。
手術は成功しましたので、退院までは私が引き継ぐことになりました。」
そう話すドクターの言葉を軽く聞き流した俺は、
全く夢にも思っていなかった。
このタマの入院をきっかけに、またあいつとの時間が動き出すことを…………。
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