その週の金曜日。
残った仕事を次の週に繰り越さない。
これがあたしのモットーだから、金曜日は決まって残業になりがちだ。
今日も例外ではなく、定時から1時間した今も、パソコンに向かって事務整理をしていた。
そんなあたしの横を、
「お先に失礼しまーす」と、2課の同僚たちが帰っていく。
あと30分もすれば、あたしの仕事も一段落する。
コーヒーでも飲んで最後のスパートをかけようと、給湯コーナーへ入り、カップにコーヒーを注いでいると、
「まだ、終わるのに時間かかりそうか?」
と、後ろから声がした。
振り向くと、そこにはチーム長。
「あっ、あと30分くらいで終わります。
フロアの電気、あたし消して帰りますので、チーム長お先にどうぞ。」
そう言うと、チラッと自分の腕時計に視線を落としたあと、
「30分後に下で待ってる。
飯食いに行くぞ。」
と、チーム長が言う。
「……え?」
動揺しながら聞き返すと、それと同時に給湯コーナーに別の社員が入ってくる気配がした。
それを察知したチーム長は、あたしに小さく「シーッ」と言いながら口に人差し指を立て、そのあとあたしにだけ聞こえるほどの小さな声で、
「時間厳守な。」
と言って立ち去った。
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何がどうしてこうなったのか、当のあたしにも理解できない。
なぜ、あたしはチーム長と2人きりで会社近くの雰囲気の良い居酒屋に来ているのだろう。
「酒、飲んでもいい?」
「はいっ、どーぞどーぞ。」
「おまえは?」
「あたし、お酒強くないので遠慮しときます。」
ビールを注文したチーム長は、グラスの半分ほどを一気にのみ、ネクタイを緩める。
なんだかいつものピーンと張り詰めた空気を纏っているチーム長とは違い、オフ感が漂っていて超レアだ。
「そのあと、あの詐欺師から連絡は?」
「え?水川さんですか?」
「水川っつー名前だっけ?詐欺師でいーだろ。」
「連絡なんかありません。電話も繋がらないだろうし、住所もきっと嘘だろうし。」
そうあたしが答えると、残りのビールを飲み干したチーム長がグラスをテーブルに置きながら言った。
「詐欺師の家には行ったことねーのかよ?」
「はい。会う時はたいてい外が多かったので。
仕事がいつも忙しいって言ってたから、仕事が終わった夜遅くに待ち合わせをして一緒に過ごすって感じで。」
そう答えると、ふ~ん、となぜかチーム長が不機嫌になる。
今日ここに呼び出されたのは、水川さんとのその後を心配してくれたからなのだろう。会社ではこんな話は出来ないし、詐欺師に引っかかったなんて同僚に知られたら学生時代の時のように、みんなの笑いものになるだろうから。
チーム長の配慮を有難く感じながら、マグロのお刺身を1口パクリと口に入れると、
「あいつの外見が好みだったのか?」
と、チーム長が突然変な質問をしてくる。
「…んぐっ、へ?」
「それとも、学歴に騙されたのか?」
「…………。」
外見、それとも学歴……。
チーム長に水川さんのことを聞かれれば聞かれるほど、分からなくなる。
どうして彼に惹かれたのか。
「なんであたし、あんなに簡単に落ちちゃったんだろう。」
思わずそう呟いて頭を抱えながらため息を着くと、
「プッ……おまえもわかんねーのかよ。」
と、クシャッと笑顔になるチーム長。
その顔があまりに綺麗すぎてドキッとしてしまう。
「ガチガチにガードが高いおまえが結婚まで考えたっつーから、どんだけ魅力がある男なのかと思ったら……」
「魅力…かぁ。そんなこと考えなかったなぁ。」
「あ?」
「なんて言うか、安心感みたいなものに流された気がします。」
「安心感…」
「あたし、恋愛のドキドキ感ってなんか苦手で。駆け引きとか上手く出来ないし、相手の気持ちにいちいち不安になったりするのも怖くて。
その点、水川さんは恋愛を通り越して結婚を…って言ってくれて、その安心感を恋だと勘違いしちゃったみたいで。」
こんな事チーム長に言うのは恥ずかしいけれど、素直にそう暴露すると、チーム長はあたしを真っ直ぐ見つめて言った。
「ドキドキするのも悪くねーぞ。
少なくとも俺は、好きな女に対するドキドキ感が日々のバイタリティーになってる。」
意外だった。浮いた話がひとつもないチーム長は、女嫌いで有名だったから。
「……チーム長、好きな人いるんですか?」
「ああ。約1年、片思い中だ。」
「えっ!片思いっ?」
さらに驚くあたし。
こんなに容姿端麗で家柄も完璧な人が1年も片思いしているなんて。
その相手はどんな人なんだろう。
「誰ですか?その相手は。」
「…………。」
「もしかして、会社の人?」
「…………。」
「あたし口が堅いので誰にも言いません。
だから、」
ニコッと笑いながらチーム長に詰め寄るあたし。
すると、そんなあたしの頬に触れながらチーム長が言った。
「教えてやるから、さっさと俺に乗りかえろ。」
「……え?」
乗りかえろ。
その言葉の意味を理解する間もなく、チーム長が続けた。
「失恋のショックで弱ってるとこに漬け込むのは、ほんと自分でもクズだと思うけどよ、でもグズグズしてたら、また他の男に取られるかもしれねーだろ。
だから、ガッツリ押すことにした。」
「……えーと、それはー、」
「付き合おうぜ、牧野。」
あまりに突然の事で、そのあとどうやって家まで帰ったのか記憶が飛んだ。
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