チーム長の策略 2

チーム長の策略
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昼休みに会社を出て銀行へ向かうと、予想していた通り窓口はかなり混んでいた。

30分ほど待たされてようやく呼ばれると、案の定500万という金額に窓口スタッフが一瞬怪訝な表情をする。

「大変失礼ですが、最近詐欺なども増えていますので、差し支えなければ用途を…」

そう聞かれ、

「えーと、」

と、口ごもったあと、咄嗟に、

「夫の会社の必要資金に…」

と、嘘が出た。

そして、数分後には、

何年もかかって貯めた500万があっという間にあたしの手元に用意された。

それを大事に鞄に入れ、会社への道を歩きながら考える。

どうしてあたしは婚約者ではなく夫と嘘を言ったのだろう。

銀行スタッフの視線を気にすることなく堂々と出来ないのには、どこかに後ろめたさと『何かが変』だと気付いているからではないのか。

そう自問しながらも会社に着き、デスクの足元に隠すように鞄を押し込んだあたしは、定時までの残りの時間をソワソワとしながら過ごした。

18時の定時のチャイムが流れる中、真っ先に席をたち、

「お疲れ様でした。お先に失礼します。」

と、小さく同僚に声をかけると、

「あれ?牧野さん今日は早いね。」

と、チーム内最年長の杉山さんにつかまる。

「ちょっと用事がありまして。」

「牧野さんが定時であがるの初めて見たよ。」

確かに杉山さんが言うように、定時で会社を出るなんてここ数年なかった。

チーム内で誰かが残っていれば手伝うし、頼まれれば休日出勤だってしてきた。

仕事優先の生活をしてきたから、そういう事は苦ではないし、帰ってもやることが無いあたしにとっては時間が潰れてむしろ有難い。

「お先に失礼します。」

もう一度頭を下げてフロアを出ると、あたしは携帯を取りだしてメールを打ち込んだ。

『仕事が終わったので、今から向かいます。』

水川さんと仕事後に会う約束をしている。

そこで500万を手渡すことになっているのだ。

待ち合わせ場所のカフェへ行くため、あたしは急いで駅へと向かった。

会社から2駅離れたところにあるカフェ。

店に入ると、奥の席にもう水川さんが待っていた。

「ごめんなさい、遅くなって。」

急いで水川さんの正面に座ると、

「いや、大丈夫。僕も今来たところだから。」

と、彼は言ったけれど、水川さんのコーヒーカップにはもうほとんどコーヒーは入っていなかった。

急いできたから喉が渇いた。

オレンジジュースを頼み、それを半分ほど一気に飲んだところで、水川さんが言った。

「つくしさん、お金用意出来た?」

「…はい。」

「はぁー、良かった。

じゃあ、僕に預けて貰えるかな。

明日、早速物件の契約をしてくるよ。」

そう言う水川さんに、あたしはこの話が出てからずっと考えていたことを口にする。

「あの、あたしも一緒に行ってもいいですか?」

「え?」

「どんな物件か見てみたいし、大きな買い物なので自分の目で確かめて、」

そこまで言うと、明らかに水川さんの顔が不機嫌に変わる。

「僕のこと、信用出来ない?」

「…え?」

「不動産のことは出来れば僕に任せて欲しいな。

一応、僕もそういう仕事をしてるし、今回も無理を言ってその物件を取り置きしてもらってる訳だし、」

水川さんはそう言って鞄から1枚の紙を取り出す。

「これが契約する物件だよ。

君に渡しておくから、契約後はいつでも好きな時に見に行って。」

と、言った時だった。

突然、あたしの後ろから、

「どーも、こんばんは。」

と、男の人の声がした。

驚いて振り向くと、

「つくし、こんな所で会うの偶然だな。」

と、あたしの肩に手を置くこの人。

その顔を見て、あたしは危うく悲鳴をあげそうになった。なぜなら、そこにいるのは、紛れもなく道明寺チーム長だったから。

「どーも、はじめまして。

俺はつくしの幼なじみの道明寺と言います。

弁護士やってます。よろしく。」

そう言って水川さんに手を差し出すチーム長。

「あっ、…どーも。」

「つくし、こいつとどういう関係?」

「へ?」

あたしの隣に座り込み、急に『つくし』呼びで、『弁護士』と嘘までついて話を進めようとするチーム長に頭が追いつかない。

あたふたしているあたしを横目に、チーム長はテーブルの上にある紙を見て言った。

「この物件……、確か柳コーポレーションが持ってる新築物件だよな?」

「……え?」

「施行がだいぶ遅れてて、納期が間に合わないってトラブってるマンションだろ。」

チーム長のその言葉を聞いて、確かチーム内の会議でそんな話が出たことがあったのを思い出した。

「つくし、この物件がどうかしたのか?」

隣に座るあたしにそう聞くチーム長の目は、仕事の時以上に鋭く光っている。

「このマンションは、まだ完成してないって事?」

思わずそう呟くあたしに、

「ああ。完成の目処は全くたってねぇよ。

だから、もしもこの物件を紹介する奴がいたら、そいつは詐欺だと思った方がいーぞ。」

チーム長はそう言って水川さんへと視線をうつした。

ガタンっ!

急に立ち上がる水川さん。

「あっ、あれっ、僕の勘違いだったかな?違う物件の紙を持ってきちゃったのかもしれない。

もう一度、きちんと確認しておくよ。今日はこれで失礼する、つくしさん、また連絡するねっ。じゃあ!」

慌てて立ち上がり、逃げるようにカフェから出ていく水川さん。

その姿を呆気に取られながら見ていると、

「牧野。」

と、チーム長があたしを呼んだ。

「…………。」

「牧野っ。」

「あっ、はい!」

「あいつに電話してみろ。」

「え?」

「今逃げてった男に、電話してみろって言ってんだよ。」

チーム長のその言葉にあたしは慌てて携帯を取りだし、水川さんにコールしてみると、

『おかけになった電話番号への通話はお客様の都合によりお繋ぎすることができません。』

と、アナウンスが流れる。

それを聞いてチーム長が、

「逃げ足も速ぇーけど、着信拒否するのもマッハだな。」と、苦笑いしている。

何が起こったのか理解できないあたし。

……いや、そうじゃない。

分かっていたはず。

心のどこかで『詐欺』だと分かっていたはずなのに、初めてあたしの心に共感してくれた彼を信じたい気持ちから、分からないふりをしていただけ。

「チーム長…」

「ん?」

「帰ってください。」

「あ?」

こんな姿を見られて、死ぬほど恥ずかしい。

結婚詐欺師にまんまとお金を取られそうになった姿を、この人にだけは見られたくなかった。

「あたしは大丈夫なので、もう帰ってください。」

もう一度絞り出すようにそう伝えると、

チーム長が言った。

「バカか。1人になんて出来ねーよ。」

その言葉に、抑えていたものが溢れ出す。

「う゛ぅー、うっ、うぅー」

「おい、牧野?」

「…ちー、むちょう…」

涙腺崩壊。

滝のように流れる涙。

それを見て、ブッ…と笑いだしたチーム長は、

あたしの不細工な涙顔を隠すように、自分の胸に引き寄せて、

「ったく、いい歳こいて人前で大泣きすんじゃねーよ。」

と、優しく言った。

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