限りなくゼロ 2

限りなくゼロ
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その日、俺はなぜだかムシャクシャしていた。
理由なんて自分でも分からない。
でも、大学の校内で見たひとつの光景が頭から離れない。

それは、いつも俺の前では空元気に笑ってばかりのあの女が、校内の人気のない芝の上で俯いて座っていた。
その横には……いつものように類の姿。

類があいつに何かを語りかけていて、それに何度も頷いていたあいつだったが、次の瞬間
…………牧野が泣きはじめた。
俯いたあいつの目から次々と滴が落ちていく。
肩を震わせて、声を殺して泣く姿に、なぜだか俺はザワザワと胸騒ぎがしてそれ以上見ていることが出来なかった。

邸に戻ってからもその光景が頭から離れない。
なぜ泣いている?類に何をされた……?
そんなことを考えていると、次第にイライラしてくるのがわかる。
すると、いつものように同じ時間に部屋の扉がノックされた。

あいつが邸にやって来る時間だ。
俺の部屋に小さくノックをして入ってきた牧野は、「お邪魔します」そう言ってタマから渡されたんだろうお茶のセットを俺の前に置く。
この牧野の行為はいつもと変わりなく、俺が何も反応しないのもいつも通り。

そして、俺に紅茶を淹れたあとは部屋の花瓶の花を整えたり、本棚の本をめくったり、いつも20分ほど俺の部屋で過ごして帰っていく。

はじめの頃はその行為事態が不快で仕方なかったが、あるときタマに言われたことがある。
「坊っちゃんが記憶をなくしたのは誰のせいでもありません。
でも、ある日突然恋人に忘れられたつくしの気持ちも理解してあげてくださいまし。
つくしが心の整理が出来る日まで、30分でいいんです。
黙って付き合ってやって下さいな。」

それからは、24時間のうちのたった30分だと自分に言い聞かせて、こいつの訪問を黙って受け入れることにした。

今日もいつもと変わらず時間が過ぎていく。
俺はソファでビジネス本に目を通し、牧野は本棚の前で雑誌のページをめくっている。
ふいに、今日見たあの光景がまた頭をよぎった。

「なぁ。」

突然俺が発した言葉に一瞬こっちを向いた牧野だが、またすぐに雑誌に目を戻す。

「なぁ、おいっ。」
もう一度声をかけると、

驚いた顔で
「……えっ、あたし?」
そう言う牧野。

「おまえしかいねーだろう。」

「…………うん。なに?」

「おまえ、……今日なにかあったのか?」
牧野は俺の質問の意図が分からないのか、本棚の前で立ち尽くしている。

「だから、…………泣いてただろ。
大学で見かけた。
……いや、俺には関係ねーけど、痴話喧嘩なら他でやれよ。目障りだっ。」

自分でも分からねぇイラつきが言葉となって表れた俺に、

「ふふっ……。」
小さく牧野が笑った。

「なにがおかしいんだよ。」

「そう、あんたには関係ないんだよね。」

「あ?」

「今、あんたが自分で言ったでしょ。
…………あたしが泣こうが笑おうが関係ない。
いてもいなくても関係ない。
ふふっ……目障りか…………。」

いつもなら、怒って噛みついてくるところなのに、今日はただただ悲しそうに笑いやがる。
その顔が、どうしようもなく俺をイラつかせ、どうしようもなく胸を締め付ける。

「おまえ、……類と喧嘩でもしたのか。」

「はぁ?喧嘩なんてしてない。」

「じゃあ、別れ話か。」

「バカじゃないのっ。あたしは…………」
そう言って黙り混む牧野。

「なんだよ、いつものあれは言わねーのかよ。
『あたしは類の彼女じゃない』って。」

「…………。」

そのまま俯いて何も話さねぇこいつ。
それを見て、俺はなんとなく理解した。
「そーか。やっと類の彼女になったのかよ。
…………よかったんじゃねぇ?
嬉しくて泣いてたって訳か!」
イラつきが最高潮に達する。
自分でも何をムキになってるんだと感じるが抑えがきかねぇ。

「違うっ!勝手なこと言わないでっ。
あたしはっ、」

「うるせー、おまえの話は聞きたくねぇ!」
そう言ってテーブルをドンと叩いた弾みで、ティーカップから紅茶がこぼれ、床に滴り落ちていく。

泣きそうな顔でそれを見ていた牧野が、俺に何かを言いかけたとき、静かに俺らを制する声がした。

「大きな声をあげて、なにごと?」

あずさが部屋の入り口に立っていた。

「…………また喧嘩?」
そう言ってソファに座る俺のとなりに来たあずさは、短いスカートもお構いなしに乱暴に座った。

それを見て、俺はある考えが頭をよぎる。
このイラつきの原因は牧野の存在だ。
記憶をなくす前はどうだったかなんて知らねぇが、今の俺にとってあいつはイラつく存在でしかねえ。
もう、俺もおまえも限界だ。

お遊びはもうやめにしようぜ。
おまえがやめないなら、俺がやめさせてやる。

「牧野、あずさに新しい紅茶淹れてきてくれねーか。」
俺はこぼれたらティーカップを見ながら、本棚の前にいる牧野に言った。

「………………わかった。」
それ以上は何も言わず、ティーセットがのったお盆を持って部屋を出ていく牧野。

牧野が戻ってくるのは5分後くらいか…………。
5・4・3・2・1
かすかに部屋の外から足音が聞こえたのを合図に、俺は隣に座るあずさに覆い被さった。
あずさの首もとに顔を埋め、左手でスカートの中に手を入れる。

ちょうど角度的に、部屋の入り口から正面にあたるソファは格好の見せ場だ。
「ちょっ…………つかさ、やめてっ。」
あずさの焦った声が更に臨場感を与える。

どれぐらいそうしていたか。
1分、いや3分か。
もしかしたら、30秒かもしれねぇ。

でも、確実に分かることがある。
それは、
…………牧野がもうそこにはいないこと。

あずさから離れた俺は、ゆっくりと部屋の入り口に向かった。

そこには、お盆にのったティーセットだけが湯気をあげて床に置かれていた。

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