絡まる赤い糸 26

絡まる赤い糸

姉ちゃんの家を出たのは22時を回った後だった。

親父との話し合いが終わったあと、つくしと姉ちゃんは2人書斎に残り5年分の空白を埋めるかのように話し込み、残った男たちは心愛と冬李が遊ぶ姿を目を細めながら見つめていた。

そして、今は義理の兄が運転する車に乗りつくしの家に向かっている。

「俺が送っていく。」

と言ったのだが、2日前に事故っている身分なので、親父と姉ちゃんに猛反対され義理の兄が送ってくれることになった。

後部座席につくしと冬李。そして助手席に俺。車が走り始めて数分後、後ろのふたりにチラッと視線を送ると、冬李はつくしの膝の上に頭を乗せてぐっすり眠り、つくしも疲れたのか背もたれに身体を預けて眠っている。

そんな姿をミラーで見た義兄が

「疲れたんだね。」

と、クスッと笑う。

「すみません。運転付き合わせて。」

「いーんだよ。僕に出来ることはこれくらいだしね。」

義兄は本当にいい人だ。姉ちゃんには勿体ないくらいできた人で、親父もババァも気に入っている。

「話し合いはちゃんとできたのかい?」

「ええ、まぁ。兄さんはつくしに会うのは初めてでしたよね。」

「そうだね。椿から噂はかねがね聞いていたけど。」

「姉ちゃんから?」

「ああ。椿はつくしさんのこと相当可愛がっていたようだね。言葉には出さないけど、昔の話になると懐かしそうに物思いにふける姿をよく見てきたよ。」

「……そうですか。」

俺達が離婚して以来、姉ちゃんはつくしのことについては一切俺に触れてこなかった。俺達にとってはタブーな話題だったのだ。

「今回のことも、大体はさっき聞かせてもらったよ。僕も事業をやっている端くれとしては、5年前の騒動は忘れられないからね。道明寺家の嫁が若いドライバーに熱を上げて浮気をしているっていう噂がどこからとなしに出始めて、火消しに回る暇もなく株価が下がり、取引先が離れていった。」

あの頃は、間違いなく道明寺家の長い歴史の中でも最大の危機だっただろう。

その株価が低迷した状態が2年以上も続いたが、それを脱したのは姉ちゃんと義兄の結婚が決まったからと言ってもいい。

「義兄さんにもご迷惑をおかけしました。」

「そんなことないよ。僕はただ好きな人と結婚しただけなんだから。」

そうさらっと言ってのけるところもまたかっこいい。

「でも、今思えば、あのときは誰もつくしさんの声に耳を傾ける余裕がなかったのだろうね。」

「俺のせいです」

「司くんのせいだけじゃないよ。誰のせいってわけじゃなく、みんな自分の事しか考えてなかったんじゃないかな。お義父さんやお義母さんは道明寺家を守るため、取引先は自分の会社を守るため、自分の立場を守るのに必死で、いつしか噂だったものが真実として認識され彼女を助けることができなかったのかな。」

あの頃のことを思い出すと、自分でも何が何だか分からないまま離婚へと進んでしまった記憶がある。

つくしとは何度も話し合いをした。けれど、結局俺の中でつくしを信じきることが出来なかったのだ。

「……やっぱり俺の責任です。」

もう一度、そう呟くと、義兄は真面目な顔で言った。

「次はもう手放さないって決めたんだろ?」

「はい。」

「それなら、まずは、お義母さんという大きな壁を突破しなきゃね。」

ババァか……。この話し合いに唯一参加しなかった道明寺家の一員。

つくしと俺が会っていることさえ知らないのだから、またやり直したいと言ったらどうなるかは簡単に想像できる。

思わず深くため息をつく俺に、義兄は笑いながら肩をポンポンと叩いて言った。

「司くんのやるべきことはただ一つだよ。どんなときもつくしさんの味方になるってこと。」

「それは、わかってます。」

「いや、分かってないね。俺達息子ってものは、頭で分かっていてもなかなか出来ないんだよ。僕なんかそれで何回も失敗して椿のことを怒らせてるからね。」

「姉ちゃんを?」

「ああ。うちは比較的、嫁姑問題は少ないほうだと思うけど、それでも年に数回は衝突してヒヤッとすることがあってね、その時に一番やっちゃいけないことは中立な立場にたとうとすること。」

「両方の味方をするってことですか?」

「そう。心ではもちろん椿のことが最優先なんだけど、やっぱり母親にも冷たく当たれなくてさ。でもね、それが一番椿を傷付けるってことが最近わかったんだ。」

俺達が結婚していたときはどうだっただろう。ババァとつくしが口論している場面なんて見たこともないし、俺自身が嫁姑問題で困った記憶もない。

「お義母さんはああ見えて司くんの事が大好きだからね。」

「やめてくださいよ、きもちわりぃー。」

「クスクス……、母親ってそういうもんなの。息子が結婚したって、いつまでもお世話したいし口出しするし。だから、……お義母さんが司くんの再婚を勧めてるのも、一概に利益だけが目的じゃないと思うんだ僕は。」

道明寺家で誰よりも希美と俺の再婚を望んでいるのはババァだ。相手がどんなに中身のない空っぽな女だったとしても、道明寺の利益になるのなら問題ないと思っているはず。

「ババァはそんな軟な人間じゃないですよ。」

「いや、それは司くんが知らないだけ。道明寺家の為だけを思ったら、そもそもつくしさんとの結婚はなかったと思うよ。」

「……確かに。最初は反対してましたけど、案外すんなり認めたっていうか。」

「お義母さんの中ではつくしさんは合格だったんじゃないのかな。僕と椿が結婚するときにお義母さんが椿に言っているのを聞いたんだ。結婚相手は、死ぬまで味方でいてくれる人を選べって。その基準でいくと、つくしさんなら…って思ってたのかもしれない。」

「死ぬまで味方してくれる人……。」

「そう、そんな会話を聞いていたくせに、俺は時々忘れて母親の味方をしてしまう。だめだね〜、男ってやつは。」

俺だって、つくしと結婚するときは、死ぬまでこいつを守ると誓ったはずなのに、俺たちが離婚したとき、ババァの味方をしたわけではないけれど、俺はつくしより道明寺家を守る選択をした。

「俺なんて、味方になるどころか、つくしのことを疑って……」

「ほんと、最低だね。」

「えっ、」

「まぁ、僕がその時に道明寺家にいれば、ちゃんとアドバイスしてあげたのにさ。その頃は椿と結婚する前で女の子と毎晩遊び歩いていたからな〜。」

「最低ですね。」

義兄のジョークに付き合って、顔を合わせて笑う俺達。

そして、その笑いが終わると義兄が静かに言った。

「お義母さんはまだつくしさんを誤解してると思うから、絶対に怯んじゃだめだよ。司くんが守るべき人はつくしさんだけ。少しくらいお義母さんを傷付けても大丈夫さ。だって、お義母さんにもちゃんといるから、お義父さんっていう守ってくれる人が。」

その言葉を聞いて、俺はあの日のことを思い出した。

つくしの実家に結婚の挨拶にいった日。

つくしの両親は正座をして俺に深々と頭を下げて言った。

「つくしをどうかよろしくお願いします。司くんだけが頼りなので。」

そんな二人の想いを裏切ってしまった俺。

ここから先は想像もできない苦難の道になるかもしれない。

でも、もう一度二人にあって、今度は俺が土下座をする番なのだ。

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