絡まる赤い糸 24

絡まる赤い糸

なんて私は淫らで不品行でふしだらな女なんだと考えながらも、濃厚に重なる唇の気持ちよさに抵抗もしないまま身を委ねる。

司の息遣いとクチュクチュと鳴る音が身体を痺れさせ、ここが普通の部屋なら間違いなくあたしたちは重なり合いその先へ進んでいただろう。

けれど、現実はそうではなく、ここは狭くて暗いパントリー内。しかも、数十cm先にはいつ動き出すかも分からない虫がいる。

「つ、司っ」

「クチュ…んっ?」

「もう、ダメ」

「もう少し」

逃げられると思ったのか、さっきよりも激しく舌を絡まらせてくる司に、あたしは胸を叩いて抵抗すると、ようやく唇を離し、

「ベッドルームに行く?」

と、熱を持った声で聞いてくる。

「だって、お義父さんが…」

「たぶん、もう帰った。」

「本当?」

「ああ、音がしなくなっただろ。」

確かに、先程まで聞こえていた足音が今は全く聞こえない。この家に誰もいないとわかって、去っていったのだろうか。

「ここから出る?」

「ああ、場所を変えよう。」

司のその言葉にはまだ甘い余韻が残っているけれど、あたしは司の腕時計に手を伸ばし、ドアの隙間から入る明かりに照らしてみる。

「そろそろ帰らなきゃ。」

「あ?」

「だって、冬季のお迎えの時間。」

「ベビーシッターは?」

「花江さん、年末だからもう休暇に入ったの。」

「マジかよ、じゃあ、この続きは?」

結婚していた時もお預けを食らうといつもこうして甘えて聞いてきた司。あのころは、「明日ね」とか「また後で」とか言って誤魔化していたけれど、今はこの続きがやってくることさえも不確かな関係。

だから、

「もう、終わり。」

とだけ小さく答えると、

「チッ」と口を小さく鳴らしたあと、再び襲いかかってこようとする司。

このままではいつになってもパントリーから出られない。

「司っ、ほら、早く出てっ!」

「痛っ、分かったから、今開ける。」

ドアを開け、外の光が入ってくると、その眩しさにお互い目を細める。

「やっぱしばらく使ってねーから、カビくせぇな。」

「業者に頼んで掃除してもらったら?」

「ああ、管理会社に連絡しとくか。」

そう話しながら、キッチンを抜けリビングへ入るあたしたち。その次の瞬間、あまりの驚きに2人とも言葉もなく立ち尽くすことになる。

な、なんと、リビングのソファーに足を組みながら座り、あたしたちの事をじっと見つめているお義父さんと目が合ったのだ。

「オヤジっ‼️」

驚き固まるあたしたちに、お義父さんは言った。

「大人になってまでかくれんぼか?」

「帰ったんじゃねーのかよ!」

「来てたのは知ってたんだな。」

「いや…っつーか、何しに来た?」

「何しに来たじゃないだろ、おまえが事故ったって西田から連絡がきたから急いで飛んできたら、二人で仲良くかくれんぼか。」

パントリー内であたしたちが何をしていたのかを見透かされてるような気がして恥ずかしくて下を向くと、

「つくしさん、」

と、お義父さんが呼んだ。

「は、はい。」

「元気だったかい?」

その優しい声に、思わず涙腺が緩む。

「はい。お久しぶりです。」

「会えて嬉しいよ。」

いつだってそうだった。お義父さんはあたしに優しくて、最後に道明寺邸を出る時も、「頑張りなさい」と背中を押してくれた。

それを思い出し、抑えきれずに涙が溢れ出るあたし。

「オヤジ、秒で泣かすなよ。」

「私に会えて泣くほど感動したようだね」

「んな訳あるか、嫌な思い出が蘇ったんじゃねーの?」

「おまえと違って、私とつくしさんの間にはいい思い出しかないと思うけどね。さぁ、こっちに座りなさいつくしさん。」

「なんでオヤジの横に座るんだよ。つくしはこっちでいい。」

ごちゃごちゃと言い争いをしている親子は5年前と何も変わらずいいコンビだ。

あたしは涙を急いで拭いたあと、

「すみません、あたし急いでいますので、これで。」

と、頭を深く下げると、

「もう帰るのかい?」

と、お義父さんが立ち上がる。

「はい、ちょっと用事がありまして。」

冬季を迎えに行くとは言えるはずもなく、そう言ってもう一度頭を深く下げたあたしの頭上で、司が驚くことを言ったのだ。

「息子の幼稚園に迎えに行く時間なんだ。」

「っ!!」

驚くあたしと目があった司はさらに驚く事を言った。

「大丈夫だ。親父は冬季のことも知ってる。」

「…えっ、」

司には昨日病院で打ち明けたばかりなのに、この人はもう父親に話してしまったのか。疑いと悲しみの目で司を見つめると、

「俺よりもオヤジの方が先に知ってたんだ。」

と。

「…どうして。」

「……。」

「まさか、道明寺家の跡取りに冬季を奪うつもり?」

そう考えれば全ての辻褄が合う。突然あたしの前に現れた司。偶然を装った事故。冬季に少しづつ近づき親子だと認めさせるやり方にあたしはまんまと騙されてしまったのか。

「酷い、酷すぎる…」

「つくし?違う、誤解すんな」

「信じたあたしがバカ…、」

また同じ過ちを犯すところだった。5年前も信じていたこの人に裏切られたはずなのに、またあたしは信じてしまう所だったのだ。

「つくしっ、」

あたしの肩に触れる司に、

「触らないで。」

と、小さく言ったあと、あたしは司の腕を振り切りペンションの玄関へと向かう。

その時だった。

お義父さんがあたしの背中に向けて言った。

「罠だったんだ。5年前、司とつくしさんを別れさせたのは、私に対する復讐が原因の罠だったんだ。」

「え?」

「あ?オヤジ、どういう事だよ。」

「おまえたち2人がこの先会うことも無く別々に生きていくなら、このことについて触れずに墓場まで持っていこう思っていたが、結局、どんなに引き裂かれてもおまえたち2人は出会う運命なんだろ?だから、全てを打ち明ける時が来たようだ。」

お義父さんはそう言って、あたしのそばまで来ると、

「今日の夜、時間はあるかい?椿の家で集まろう。」

と言った。

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