絡まる赤い糸 23

絡まる赤い糸


「好きで好きで堪らなかった女と離婚して、それでも何年も何年もその女が忘れられなくて、そんな状態で他の奴と結婚なんてできねーだろ。また失敗するに決まってる。だから、懲り懲りだ。俺にはまだ忘れられねぇ女がいるから。」

口に出してみると、この何年もの苦しみはなんだったのだろうかと思えるほどスッキリとした。

他人にはもちろん、自分自身にも強がって嘘をついてきたけれど、結局は俺はまだつくしを忘れられずにいて、前に進めなかったのだ。

言ってスッキリした俺とは反対に、つくしは明らかに挙動不審になり、すぐ側を通りかかった店員に、

「コーヒーのおかわりを。」

と、注文する。

そして、さっきの俺のセリフをなかったことにする為なのか、

「そういえば、今日はここまでどうやってきたの?」

と聞いてくる。

「西田に運転は控えろって言われて、タクシーできた。」

「昨日の事故にあった車は?もう修理に出した?」

「ああ。」

「車のトランクに昨日買った冬季の誕生日プレゼントが入ってたの。」

「ああ、あの後車からおろしてペンションに置いてある。」

「…取りに行ってもいい?」

もう迷いのない俺は、1分1秒でもこの女と一緒にいる時間を増やしたい。

「もちろん。ただし、ペンションまで俺を乗せていってくれ。」

…………………

つくしの運転する車に乗るのはこれで2回目だ。性格は短気なくせに、運転は慎重で危なげない。

車のルームミラーに小さなお守りがぶら下がっていてそれをそっと手に取ると、つくしの実家の近くにある神社の名前が記されていた。

「…ご両親は元気か?」

俺がそう聞くと、つくしもお守りに視線を移したあと、

「多分ね。」

と、寂しげに答える。

「連絡取ってないのかよ。」

「ん。あんまり。」

あんだけ仲良しだった家族がそうなるのには理由がある。

「冬季のことか?」

そう聞くと、つくしは一瞬躊躇ったあと、言った。

「親不孝なことばかりしてきたから。」と。

「ごめん。」

「なんで司が謝るのよ。」

「だって、俺がそうさせただろ。」

「違う。選択したのは全部あたし自身だから。親になってみると分かるんだけど、我が子にはどんな小さな苦労もさせたくないのよ。うちの親も同じ。お金持ちの家に嫁がせて子供を産んで幸せに暮らして欲しいと願っていたのに、結局あたしは離婚してシングルマザーになる選択をしたの。パパとママは大反対だったけど、唯一、進は応援してくれてお守りとかわざわざ送ってきてくれる。」

へへと笑うつくしの横顔は寂しげだけれど、母親としての強さがそうさせているのか、一緒に居た頃よりもずっと大人っぽい。

あの頃は一緒にいると、「守ってやりたい」という気持ちが強かったが、今のつくしにはその弱さはなく、むしろかっこよくも見え、それがまた俺の視線を釘付けにする。

じーっと見つめる俺を、

「な、何?あたしなんか変なこと言った?」

と、不信げに睨んだ後、

「ねぇ、この道でほんとあってる?」

と、聞く。

「やべぇ、さっきの道、右折だった。」

「はぁ?だから言ったじゃん!ちゃんと見ててって。」

「わりぃわりぃ。」

「全然悪いと思ってないでしょ、その言い方。」

「わりぃと思ってる。クスクスクス」

「ここ、Uターンできない道だから、あと1キロは直進だからね。」

頬をふくらませて文句を言うつくしは分かっているのだろうか。俺が今、どれだけ幸せだと感じているのか。

……………

ペンションに着くと西田の姿はなかった。西田は昨日、トイショップで買ったおもちゃを心愛に届けたあと、1時間ほど遊び相手をしたら、どうやら気に入られたようで今日も遊びに来いと3歳児に命令されたらしい。

「3歳児と遊ぶのは大変ですね。」とか言いながらもまんざらではなかったのか、今日も張り切って姉ちゃんの家に出かけて行った。

誰もいないペンションの中につくしを招き入れ、荷物が置いてある奥の部屋に移動する。冬季の誕生日プレゼントである水鉄砲が入った大きな紙袋ひとつと、軽くて小さな紙袋がひとつ、そして夜に食べようと思って買ってあったチャイニーズフードもそのままに残しておいた。

「これはもう食べられないから捨てなきゃ。」

つくしがそう言うから、

「キッチンのゴミバケツに捨てていけ。」

と言って、キッチンへと2人で移動する。

その時だった。

ペンションの敷地内に車が入ってくる音がしたのだ。西田が帰ってきたのだろうか。そう思った俺は、キッチンにつくしを残したままリビングに行きカーテンを少し開けた。

すると、今まさにペンションの前にグレーのポルシェが止まるところだった。その車には見覚えがある。

「マジかよ。」

俺はそう呟き、カーテンを元に戻すと、つくしのいるキッチンへと急いだ。

ゴミを片付け終わったつくしは手を洗っている所だったが、その耳元に小さな声で言う。

「親父が来た。」

一瞬意味が理解できないつくしは固まっていたが、「キーンコーン」というチャイム音に肩をビクッと跳ねらせたあと、

「えっ、お父様?」

と、俺に聞く。

「ああ。」

「嘘っ、どうしよう。」

つくしに構うなと親父に釘を刺されている俺と、離婚した元嫁という立場のつくし。

どちらも親父に会うのは避けたいが、もうここまで来たら仕方ないだろう。

もう一度、キーンコーンと呼び鈴がなる。腹を括って招き入れるしかないと思った直後、まさかのドアノブに鍵が刺さる音がした。

親父はペンションの鍵を持っているのだ。

それにはつくしも驚いたのか、「入ってくる?!」と不安げに俺を見上げる。

そして、ドアが開く音がしたその瞬間、つくしは俺の腕を掴み、キッチンの横にある扉を開け逃げようとした。

が、こいつは何も分かっていなかったのだ。

そこは他の部屋へと繋がる扉ではなく、災害時用に蓄えられた飲み物や簡易食品が備蓄されているパントリー。

しかも、何年も使われていないから備蓄品が山積みに上げられた狭い空間だったのだ。

開けた瞬間、えっ?という顔をしたつくしだが、親父から逃げるつもりならもう他に移動している時間はない。

躊躇するつくしの身体をパントリーの中に押し込み、ドアを閉めると中は暗闇だ。それでもドアの隙間から入ってくる光で何とかお互いの表情は読み取れる。

親父がリビングに入ってくる足音が聞こえてくる。俺はつくしに「シーッ」と人差し指を口に当て合図すると、つくしもコクコクと頷く。

ペンションに俺がいないと分かれば親父も長居はしないだろう。もしかすると携帯を鳴らすかもしれないが、携帯は俺のポケットの中にあるしマナーモードになっている。

親父が立ち去るまでここで待てばいい。

そう安易に思った俺だが、事態は急変した。

急に肩をビクッとさせ、つくしが俺の腕を掴む。

「どうした?」

無音でそう聞くと、

つくしが焦ったような仕草で、

「虫っ。虫がそこにいる。」と、身体を縮こませ俺の方に近づいてくる。

つくしが近寄れば、俺の身体と接触するほど狭い空間。もう既に俺の胸につくしの背中が当たっている。

でも、つくしは虫に全神経を持っていかれているからそんな事はお構い無しだ。

「どこにいる?」

つくしの耳元で囁くと、

振り返りながら

「あそこ」

と、壁を指さすつくし。

俺の頬につくしの唇が触れそうな近さに、ほんの少し下半身が痺れてくる。

「大丈夫だ。こっち側に移動しろ。」

そう言ってつくしの体を虫から遠ざけるように俺の胸の方に近付けると、ようやくつくしもその近さに気付いたのか

「ごめん」と言って下を向く。

それに続けて、俺も呟いた。

「俺も先に謝っておく、ごめん。」

そう言ったあと、

俺はつくしの身体を引き寄せて抱きしめた。身長差のある俺たち。つくしの唇が俺の鎖骨あたりに振れる。そうなると、昔も今も抑えが効かないのは変わらずだ。

つくしの首元に顔を埋めたあと、そのまま横にスライドさせ、久しぶりに彼女の柔らかい唇に自分の唇を重ねていた。

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