道明寺のお母さんの書斎を出ると、廊下の先にタマさんが心配げにこっちを見て立っていた。
トボトボと近付くと、
「大丈夫かい?」
と、あたしの肩を撫でてくれる。
「はい、大丈夫です。
はぁーーーー、緊張したっ。」
やっと極度の緊張から解放されてそう言うあたしに、
「ちょっと寄っていくかい?」
と、ニヤリと笑うタマさん。
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道明寺邸の中で一番落ち着くのはこの畳の部屋。
洋館の中にこんな純和風の部屋が……と思うほどタイムスリップしたタマさんの部屋はあたしのお気に入り。
その部屋に招待されてドアを開けると、部屋の中から小さな物体がパタパタと駆けてくる。
「えっ!タマさんっ!」
「こらこら、そんなに興奮しないの。
お客様だよ、『柴』」
呆気に取られながら、タマさんの腕の中に収まったその『柴』を見つめながらあたしは聞く。
「どうしたんですか、その犬。」
「これかい?
飼い主様が留守だから預かってるんだよ。」
そう言いながら『柴』を抱き抱えるタマさんと、ちゃぶ台に向かい合って座るあたし。
タマさんがお茶と南部煎餅を出してくれる間も、『柴』はタマさんの足元から離れない。
「フフ……タマさんにすごいなついちゃって。
飼い主って誰なんですか?」
「まったく、……坊っちゃんだよ。」
予想外の答えに声が裏返る。
「はぁ?!
あいつ、犬は苦手じゃないですか。」
「そう、それなのにどこからか連れてきたんだよ坊っちゃんが。
犬は苦手なのに、この子は可愛がってるから『犬嫌いは克服したんですか』って聞いたら、『こいつはあいつそっくりだから』ってさ。」
「あいつ?」
「ああ、つくし、あんたのことだよ。」
「あたしっ?」
目の前のこの『柴』があたしに似てる?
どうしても納得できなくてじーっと『柴』を見つめていると、タマさんが呆れたように言う。
「いつもは坊っちゃんに寄り付かないくせに、落ち込んでたり、疲れてるときはそっと側に来て慰めているかのようにじゃれてくるって。
警戒心が強いくせに、好きな相手にはとことんなつく。
そんな『柴』みたいな女を俺は知ってるけど、また傷付けたって、この『柴』相手に愚痴ってるのを聞いたよ。」
「…………。」
「どうせ、つくしとうまくいってない時に、衝動的に買ってきたんでしょ坊っちゃんは。」
「…道明寺とうまくいってた時なんて殆どないですから。」
そう呟くあたしに、タマさんは言う。
「そうかい?あたしから見れば、坊ちゃんがつくしを好きなのは一目瞭然だったよ。
つくしといる時だけは目尻が下がりっぱなしだったし、NYに行く度に恋しそうに電話してただろう?」
出張に行くと必ず電話をくれた道明寺。恋しいと思ってくれていたのだろうか。そう思うと胸がギュッと苦しくなる。
「犬嫌いなんて嘘のように『柴』のことは可愛がって部屋にも連れていったりしてるけどね、
結局、出張とか仕事の間は世話するのはタマなんだから、いい加減にしてほしいもんだね。」
呆れながらも腕の中の『柴』を大層可愛がっている。
「すみません。
あたしのマンションもペット禁止だし……、」
あたしも同罪のような気がしてそう呟くと、
「いいんだよ。
つくしがこの邸で暮らすようになったら、その時は『柴』を坊っちゃんとつくしに任せるつもりだからね。
それまでは、タマが世話してるから安心しな。」
あたしがこの邸で暮らす日。そんな日がいつか来るだろうか。
夢のような事だけど、今のあたしは、いつかそんな日が来ればいいと本気で願っている。
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