牧野刑事の厄介な山 12

牧野刑事の厄介な山
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「……なんで交換しちゃったんだろう」

翌朝、目を覚ましたあたしは、枕元のスマートフォンを手に取ったまま小さく息を吐いた。

画面には、昨夜新しく登録した名前がある。

――道明寺司。

何度見ても、自分の連絡先にその名前があることが妙な感じだった。

刑事が、事件を通じて知り合った人間と個人的に連絡先を交換する。

事件はすでに自分の手を離れているとはいえ、褒められたことではない。

しかも相手は道明寺司だ。

一度は断った。

それなのに結局、自分からスマートフォンを取り出してしまった。その失態にもう一度布団をかぶり頭を抱える。

「……削除しようかな」

そう呟いて、画面を見つめる。

今ならまだ何も始まっていない。

けれど、削除の文字を前にして、指は動かなかった。

「……まあ、連絡先くらいならいいか」

誰に言い訳しているのか自分でも分からないまま、あたしはスマートフォンを閉じた。

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その日の午前中。

あたしはいつも通り仕事をしていた。

道明寺司から連絡が来るとは限らない。

むしろ来ない方がいい。

そう思っているはずなのに。

机の上のスマートフォンが震えた瞬間、反射的に手が伸びた。

画面を見る。

通販サイトからのメールだった。

「……はぁ。」

「牧野」

少し離れた席から声が飛んできた。

顔を上げると、桂木警部補がこちらを見ている。

「はい?」

「さっきから何だ」

「何がですか?」

「携帯」

あたしは思わずスマートフォンを伏せた。

「携帯が何ですか」

「ひっきりなしに見てるだろ」

「えっ、見てませんよ。」

「誰かから連絡待ってんのか?」

「待ってません!」

思った以上に大きな声が出た。

近くにいた後輩の山本がこちらを見る。

「今日の牧野先輩、なんか変ですよ。」

「変ってなによ、変って……。」

あたしは後輩をギロリと睨んだあと、机の上の書類へ目を落としたが、心の中で叫んでいた。

何やってんのよあたしっ。仕事に集中しなさいよ!

そうして、意地でもスマートフォンには触れないよう、かぎのかかるロッカーの中へと葬った。

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…………

結局、その日は何も来なかった。

翌日も。その翌日も。

最初は、それでいいと思っていた。連絡先を交換しただけだし、彼だって深い意味なんてなかったのだろう。

でも、日が経つにつれ、なんだか腹立たしさと恥ずかしさが入り混じってきた。

最近の若者はこういうものなのだろうか。連絡先を交換したからといって、すぐに何かしらのアクションを起こすわけではないのか。

大学を卒業してから、プライベートで男の人と関係を築いたことなんて一度もない。

だから、こういうときの〝普通〟が、あたしにはよくわからない。

……いや、そもそも。

あの人からの連絡を気にしている時点で、あたしは何かがおかしい。

相変わらず、携帯に通知はない。

別に待っているわけじゃない。

あれだけ強引に連絡先を聞いておいて何もないから、気になっただけ。

それだけだ。自分に何度もそう言い聞かせた。

……………

次の日の夜。

仕事を終え帰宅し、コンビニで買ってきた夕食をテーブルに置いた。

そのとき、スマートフォンが震えた。

画面を見る。

――道明寺司だ!

『今日も遅いのか』その1文だけのメッセージ。

「……何よ、これ」

思わずそれを見て呟くあたし。

数分その文字を見つめたあと、

『今帰ったところです。』

と、まるで業務連絡のような言葉を送信した。

すぐに既読がつく。

そして間もなく、もう一度スマートフォンが震える。

『飯、食ったか?』

目の前には、コンビニで買ったおにぎり。

「今から食べるところです。」

「今日の飯は?」

そう聞かれると、コンビニのおにぎりがなんだか虚しく感じられて、少しだけ見えをはってしまった。

「同僚と一緒にファミレス。」

そう嘘をつくと、

「今日はコンビニじゃねーんだな。」

と、小さな絵文字とともに返ってきた。

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…………

その頃、道明寺邸では、

自室のソファに座り、約30分もスマートフォンを睨んでいる俺。

画面には、数日前に登録した女刑事の名前。

何度か文字を打っては消していた。

『今度飯でも行かねぇか』

消す。

『仕事終わったか』

それも消す。

『何してる』

「……気持ち悪ぃな」

そう呟いて。また消した。

「坊ちゃん」

その声に顔を上げると、タマが立っていた。

「なんだ」

「先ほどから三十分も、ブツブツとなにか言いながら同じ画面をご覧になってますよ。」

「……見てねぇ」

「悩み事ですか?坊ちゃんにしては珍しい。」

俺はもう一度画面を見る。

そしてようやく意を決して

『今日も遅いのか』と送信?

ほどなくして既読がついた。

『今帰ったところです。』

その文字を見た瞬間、俺の口元が緩んだ。

「返信があったようで何よりです」

「タマっ、まだいたのかよ!」

ニヤリと笑いながらタマが部屋を後にした。

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