偽物の男の取調べは、思っていたよりもあっさりと終わった。
取調室のガラス越しに様子を見ていたあたしは、思わず拍子抜けする。
男は最初こそ強がっていたが、証拠を並べられるとすぐに観念した。
「なんで道明寺司の名前を使ったんだ?」
桂木警部補の問いに、男は気まずそうに頭をかいた。
「だって、その名前出したらみんな信じるじゃないですか」
「それだけか?」
「それだけです」
男は肩をすくめる。
「去年、競馬でたまたま当たって金が入ったんです。最初は普通に遊んでたんですけど、そのうち夜の店で見栄張りたくなって……」
情けない理由だった。
「少し羽振りよくお金を使うと、周りがチヤホヤしてくれるのがわかって止められなくなって。」
「だからって、道明寺司の名前まで使うか?」
「今流行りのAIで調べたんっす。金持ちでイケメンで女が誰でもコロッといっちゃう有名人は?って。そしたら、丁度いいのが出てきて、道明寺司ならテレビとか雑誌とかで名前は見たことあるけど、ほとんどの人が顔は知らないじゃないですか」
桂木警部補が呆れたようにため息をつく。
男はさらに続けた。
「最初は冗談だったんです。でも、みんな本気で信じるし、素の俺になんか興味も持たないような女の子がホイホイ付いてきてくれた。」
だから、そのままやめられなくなった。
ただ、それだけだった。
大きな組織もなければ、裏社会との繋がりもない。
あるのは見栄と虚栄心。
そして少しばかりの運だった。
結局、LilyやCANDYとの関係も、客として出入りしていただけ。未成年の子とホテルの前までは行ったが、入るまでは成功しなかった。
女の子たちとの供述とも合っている。
「なんか……脱力しますね」
取調室を離れながら山本が呟く。
「もっと組織的な犯罪かと思ったんですけど」
「現実なんてそんなもんだ。でも、名前を使われた道明寺氏にとっては、大迷惑な話だろうし、実際に店側は未成年者を雇っていた罪は重い。」
桂木警部補が眉間に皺を寄せる。
あたしも大きく頷いた。
今回の事件は長引かずに終結したが、結果的に銀座高級クラブの店長とママが逮捕され、長年愛された老舗のクラブが1つ減った。そして、そこで働いていた多くの従業員たちが行き場を失い、また夜の闇へ入っていく恐れもある。
それを考えると、なんとも後味の悪い事件となった。
⸻
一方その頃。
道明寺邸へ戻った俺は、ネクタイを緩めながらリビングへ入った。
深夜一時。
普通ならとっくに寝ている時間だ。
「お疲れ様です」
待っていた西田が立ち上がる。
「警察から、ご協力に感謝しますと先程連絡がありました。例の男は全面的に認めたそうです」
「そうか。」
興味なさそうに答える。
実際、もうどうでもよかった。
捕まったならそれで終わりだ。
「しかし、ずいぶん無茶をされたそうで」
西田が眼鏡の奥から俺を見る。
「誰から聞いた」
「警察の方からです」
余計なことを。西田とタマに知られたら説教もんなのに。
俺はソファに腰を下ろした。
「ですが、坊っちゃん。一般人が容疑者確保に協力するのは感心しません。もし怪我でもされていたら」
ほらほら、早速始まった。
「してねーよ」
そう言って黙ると、珍しく西田もそれ以上は言わなかった。
しばらく静かな時間が流れる。
ふと、脳裏に浮かんだのは別のことだった。
警察署のベンチ。
絆創膏。
左手だけで不器用に格闘していた女。
――最悪……そう呟いていた横顔。
思い出した途端、自分でも意味がわからず笑いそうになる。
「坊っちゃん?」
「あ?なんでもねぇ」
俺は顔を引き締めて慌てて立ち上がった。
「寝る」
「はい」
西田が怪訝そうな顔をしていたが無視をした。
⸻
翌日。
保安課の朝はいつも通り慌ただしかった。
昨夜の報告書をまとめながら、あたしは大きく伸びをする。
「眠い……」
「先輩」
向かいの席から山本が声をかけてきた。
「ん、なに?」
「昨日の件なんですけど」
「始末書、できた?」
「いえ、そうじゃなくて、お取り込み中の件で」
「はぁ?」
「道明寺さんと」
あたしはペンを置いた。
「山本」
「はい」
「それ以上言ったら殴るよ。」
「はい」
即答だった。
しかし部下の口元は笑っている。
絶対反省していない。
昨夜から何度もあたしの顔を見てはニヤニヤしている山本。
いつもなら、言いたいことがあるならはっきり言えと叱ってやるのに、今回はそれが何故かできない。
「先輩、肘の怪我、大丈夫ですか?」
「うん。」
「絆創膏貼ってもらってましたもんね。」
「だーかーら、何もないって言ってるでしょ!」
明らかにあたしをからかいにきている後輩に、
思わず声が大きくなり、周囲の視線が集まる。
山本は吹き出しそうになりながらパソコンへ向き直った。
最悪だ。
本当に最悪だ。
このあたしが、色恋沙汰で後輩からイジられる日が来るなんて。
その時。
「牧野」
桂木警部補に呼ばれた。
「あ、はい」
席を立つ。
警部補は書類を一枚差し出した。
「今回の件はこれで終了だ」
受け取った書類には、事件終結の文字。
「あとは事務処理だけだぞ。昨日、店に踏み込んだ際の始末書、早めに仕上げろよ。」
「わかりました」
「それと」
桂木警部補がニヤリと笑う。
「もう一度、道明寺邸に行ってもらいたい。」
「え?」
驚いて素っ頓狂な声が出るあたしに、警部補は部署の入口に置かれたコート掛けにかかる黒いコートを指さして言った。
「道明寺司氏の忘れ物だ。届けてきてくれ。」
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