三日後。
押収した携帯電話の解析が、ひと通り終わった。
画面に並んだ顧客リストの中で、あの名前はやはり異様に思えた。彼女たちは店で働き始めて数カ月、他の顧客はさほど大物はいない中、伏字でも偽名でもなく堂々と、何度も繰り返し記録されている。
『道明寺司』
書類を閉じた桂木警部補が短く息を吐いた。
「上からのお達しだ。相手が相手だ、事情聴取は署には呼ばずこっちから会いに行くそうだ。」
警察署に呼び出して事情聴取、という相手ではない。今の段階では余計な波風を立てたくないという上の見解もよくわかる。
「牧野、俺と行けるか?」
「えっ、あたしですか?」
「いかつい顔の男二人で行くよりいいだろうって署長が。」
そう言いながら、桂木警部補は自分と部下の山本の顔を指す。
「…了解です。」
あたしはクスッと笑ってそう答えた。
………
道明寺邸は港区に豪邸を構えていた。この辺は大使館や旧財閥の御屋敷が立ち並び、一般庶民がノコノコと立ち寄れる場所ではない。
高級住宅街に近づくにつれ、街の音が消えていく。外灯は整然と並び、道は広く、夜なのにどこか明るい。
「第一印象に引っ張られるなよ」
ハンドルを握ったまま、桂木が言った。
「どういう意味ですか?」
「噂で聞くと、相当にいい男らしいぞ。」
道明寺司という人物はほとんどメディアに露出していない。経済誌の片隅で名前を見ることはあっても、顔写真やインタビューは、ほぼ存在しなかった。唯一確認できたのは、海外でMBAを取得した際に撮られた、大学での写真だけだ。
「イケメンらしいですね。」
窓の外を見ながらそう呟くと、
「おっ、少しは興味あるか?」
と、からかう桂木。
「ありませんよ。」
「なんだよ、相変わらずだな牧野。俺がおまえと同じ歳の時にはもう上の子が2歳に…」
何度も聞かされたその話を、
「警部補、ここです。ここが道明寺邸です。」
と、いつもどおり遮り、あたしは目の前に広がる重厚な外壁を見上げた。
門に立つ警備員に警察手帳を見せると、話はすでに伝わっているようですぐに車は中へ通された。
私有地の中に入ってもまだ入口まではかなりの距離があり、ゆっくりと車を徐行させていく。
しばらくして、西洋風の邸宅が見えてきた。そこで車を降りたあたしたちに、スーツを端正に着こなした大柄な男性が一礼して言った。
「秘書の西田と申します。中へどうぞ。」
一階にある応接間に通される。
無駄な装飾はないが、飾られたもの置かれたものすべてが高級だとわかる空間に、あたし以上に桂木の方が緊張している様子。
そんな上司を見て、思わず顔が緩んだ瞬間、扉が開いた。
道明寺司だ。想像していたよりも大きい。体格がというよりも、オーラがという方があっているか。
桂木とあたしに視線を向けたあと、
「どうぞ、お座りください。」
と言い、あたしたちがいる場所の正面に彼も座った。
「ご要件は?」
「銀座八丁目のクラブ“Lily”。ご存知ですよね?」
いつも桂木が言っている。事情聴取では警察の第一声に対して、相手の表情を見逃すなと。
今回は、白とも黒とも言えない。道明寺司の表情は変わらなかった。
「そちらを利用された記録が、複数回確認されています」
桂木警部補が、淡々と切り出す。
「……ええ、」
否定は、しなかった。
「仕事の接待で何度か行った記憶が。違法なことをした覚えはありませんが?」
「未成年が在籍していた可能性がありまして、」
その言葉に、司の眉が、はっきりと動いた。
「それは……初耳ですね」
黒に近い。声色は変わらないが、応接室の空気が、わずかに張りつめる。
「先日、そこに在籍していた未成年の女性3人を保護した際に、押収物からあなたの名前が上がりました。こちらとしては、その点について事実確認をさせていただきたい」
「事実確認とは?」
「彼女たちがあなたと会っていたとされる時間、どこにいたかを。」
彼女たちはまだ多くは語っていないが、そのうちの一人の携帯からはホテルでの密会を示唆するような内容も出てきている。
それが事実なら相当なスキャンダルになりかねない案件だ。
道明寺司は秘書の方へ軽く手を上げ、
「西田、タブレット。」
と伝える。
秘書が持ってきたタブレットの画面を、桂木警部補も覗き込むと、そこに表示されていたのは、分単位で管理された、異様なまでに整然としたスケジュールだった。
会議。移動。来客対応。そして、夜の会食。
すべてが、隙間なく埋まっている。
「……相当、きっちり管理されてますね」
桂木が、率直に言った。
「そういう立場のお方なので。」
秘書が淡々と答える。
「未成年とされる女性が“アフター”に出ていたとされる時間帯ですが」
桂木が、画面の一部を指で示し、
「この時間、あなたは…、」
「本社です、確かこの日は会議室A。役員三名と、海外子会社とのオンラインミーティング…ログも、録画も残ってる。」
何も見ずにそう答える道明寺司は、完璧だ。
ただ、さっきの違和感は捨てきれない。
あたしは、ここで初めて口を開いた。
「その店には、仕事の接待以外の目的で行かれたことは?」
司の視線が、初めて真正面からこちらを捉えた。
「ない。」
「その店の女性と、店以外で個人的な関係を持ったことも?」
「ありえない。」
その即答ぶりに、違和感はない。
躊躇なく答えるという事は、事情聴取での経験上、彼には特定の交際相手がいて他の女性との関係は一切ないという確率が高い。
「このデータ、お借りしてもよろしいですか?」
桂木がそう言うと、
「ええ、どうぞ。」
と、秘書が保存用のチップを用意する間の数分、あたしは道明寺司という人物を何気なく観察する。
ワッフルシャツにチノパンというラフな服装は警察の訪問を緊張して待っていた様子はない。
特に隠し事をしているようなソワソワした雰囲気もなく、堂々していて怪しむところもない。
ただ一つ、「未成年」というワードが出たときだけ、一瞬考える素振りをしたのが気になるが、他は収穫ゼロだ。
そう結論づけた時、真っ白なエプロンを付けた一人の老婆が「どうぞ。」といってあたしたちにティーカップを差し出してくれた。
アールグレイの紅茶だろうか。一気に部屋がいい香りに包まれる。
そして、その後道明寺司の前にも同じようにカップを置きながら言った。
「坊っちゃん、何か悪いことでもなさいましたか?」
「あ?してねーよ。」
「だったら、なんですかこの騒ぎは。まさか、緊急逮捕とか?」
「アホかっ、いーからタマは黙ってろ。」
そのやり取りを見て、あたしの中の道明寺司という人物像が少しだけ変わった。
「坊っちゃん」と呼ぶ使用人に軽口を言って応戦する司。事情聴取で見せた冷たそうな印象とは違い、近親者にしか見せない違う部分もこの男にはあるようだ。
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