絡まる赤い糸 25

絡まる赤い糸

時計の針が19時を回った頃、マンションに司の車が迎えに来た。

これから椿さんの家でお父様と話をすることになっている。冬季を一人で置いていけないし、ベビーシッターの花江さんはすでに年末の休みに入っている。

どうしようかと迷ったが、お父様が先に

「冬季くんも連れてきなさい。」と言ってくれたのでその言葉に甘えて連れて行くことにした。

椿さんと会って話すのは5年ぶり、そして椿さんの旦那さんに会うのは初めてだ。

「久しぶりね、つくしちゃん。」

昔と変わらずあたしを抱きしめてくれる椿さん。

「お久しぶりです。そして、……初めまして。」

椿さんの隣に立つ旦那様に頭を下げると、

「いらっしゃい。ゆっくりしていって。」

と言いながら、あたしの手から冬季を優しく連れ出してくれる。

椿さんの娘の心愛ちゃんと冬季は息が合うようで、直ぐにうちとけて遊び始めたので、あたしたちはそれを見たあと奥の書斎へと移動した。

書斎は日本の道明寺邸に少し似ていて、窓際に大きなデスクがあり、中央にはローテーブルを挟んで革張りのソファーが2つ並んでいた。

お父様がソファーに座るのを見たあと、あたしと司はその反対側のソファーに並んで座る。

書斎の扉を閉めようとする椿さんに

「そこは開けておいてくれ。椿も聞きたければ、いつでも入ってきていい。」

と、お父様がいい、

少し考えたあと椿さんは、

「紅茶を持ってくるから、話ははじめておいて。」

と言って廊下へと消えていく。

それを合図に、お父様はあたしたちの方へ向き直り、手帳を開きながら話し始めた。

ことの発端は、あたしたちが離婚して1年半たった頃、愛車が故障して修理に出そうとしたお父様がたまたま以前の帳簿を見たことだった。

邸に関する庶務はすべて坂東に一任していたが、愛車に関してだけは自分で業者を選定し、自ら持ち込むという作業をしていたので、以前の修理日と修理にかかった金額を調べたくて帳簿を開いたのだ。

すると、自分が記憶していた金額とは違い、200万ほど多く帳簿に記されていた。

記憶違いか、それとも追加で何か請求されていたのだろうか。

気になって、邸で使っている車7台の車検や修理記録を探ってみると、不自然なことに気づく。あまりにも修理依頼の回数が多いだ。

定期的に買い替えをし、事故などの報告もない。それなのに、車検以外で年間1000万円近くのお金が業者に支払われている。

この金額の多さは到底目過ごすことはできないし、業者にからの不当請求なら坂東が気づかなかったはずはない。

その頃から、坂東への疑念が募りはじめ、過去の帳簿を片っ端から見直すことにした。

そこでわかったのが、年間約1000万円が何らかの形で水増しされどこかへ消えているという事実。

そして、その帳簿を管理しているのはただ一人、使用人がしらの坂東だということ。

でも、坂東は長年道明寺家に仕えた信頼できる人物だ。そんな奴が不正を働くだろうか。何か深刻な事情を抱えているのでは……

そう思ったお父様は、坂東への追求をする前に、坂東自身の周辺を探ることにした。

すると、知らなかった彼の素顔が見えてきたのだ。

坂東は重度のギャンブル依存症だった。はじめはパチンコにのめり込み、給料のすべてを使い込むなどして、当然家庭は壊れ妻にも愛想を尽かされ離婚。

パチンコ店でも幾度となくトラブルを起こし出入り禁止となったことから、今度はオンラインカジノにのめり込んでいた。

一度にかける金額も大きくなり、借金は膨らむ一方、いくら帳簿を誤魔化していたからといって、お金が続くはずもない。

ギャンブルから足を洗わせるには借金をきれいに精算して、1から始めさせるしかない。そう思ったお父様は、坂東の預金口座などを調べて借金を肩代わりしてあげるつもりだったのだが、

そこである事が発覚した。

今から5年前、坂東の口座に5000万円という多額の振込があった。しかも、その振込人の名前は、「石橋希美」。司の再婚相手として名前が上がっている人物だった。

坂東と石橋家の娘にどんな共通点が?しかも5000万円を振り込むという関係性はただ事ではない。

振込があったその時期に、二人を結びつける何か引っかかることはなかっただろうか。

そう考えて、たどり着いたのは、あたしたちの離婚だった。

もしも、息子夫婦の離婚にこの二人が関わっていたのだとしたら……。

その視点から物事を整理していくと、埋まらなかったピースがどんどんとはまり、パズルが完成していく。

借金に苦しんでいた坂東に目をつけた希美は、坂東を操り嘘をでっち上げ、司とあたしを混乱の中に引きずり込む。そして、自ら用意した若い運転手を道明寺家に送り込み、あたしとの良からぬ噂を作り上げた。

そこまで話しが来たときに、司が口を挟んだ。

「あの運転手は今どこに?」

「さぁ、今どこで何をしているかは分からない。この件を調べているときに一度だけ彼に会いに行った。実家は田舎の農家でかなり羽振りも良く、大学を機に上京してきて希美と出会ったらしい。学生の頃は毎日のように希美たちと遊び歩いてつるんでいたそうだ。」

「そんなやつがどうして?」

「いいバイトがあるって希美から声をかけられて道明寺邸の運転手として潜り込んだ。採用試験は坂東ご担当だから楽勝だったのだろう。そして、つくしさんに近づいたって訳だね。」

「あのヤロー、ぶっ殺す。」

司のその言葉に、書斎の入口で話を聞いていた椿さんがくすっと笑う。

「彼は白状したよ。つくしさんとは何もなかったって。希美からつくしさんのことを誘惑して既成事実を作れと言われていたそうだけど、つくしさんはそれに流されることは一度もなかった。」

「じゃあ、あの証拠と言われていた写真は?」

今度はあたしがお父様に聞く。

「あれは、どうやっても誘惑に乗ってこないつくしさんにしびれを切らして、二度睡眠薬を使ったと告白した。一度目はホテルの駐車場に入っていく写真を取るため車の中で眠らせたとき。二度目は寝室で寝ている姿を撮るために使ったそうだ。」

コクコクと頷き納得するあたしの横で、司は怒りが頂点に達したのか、

「西田に今すぐあいつの居場所を突き止めさせる」

と携帯を取り出したが、

「制裁はあとにしなさい、バカっ。」と椿さんに取り上げられて頭をポカっと叩かれる始末。

「でも、彼はちゃんと逃げることなく正直に話してくれたよ。希美からの報酬も受け取らなかったそうだ。」

「あ?なんで。」

「道明寺邸で過ごすうちに、誤算が生じたらしくてね。」

「誤算?」

「ああ。希美から課せられた役目は、つくしさんを誘惑して既成事実を作り、離婚に追い込むこと。でも、その過程で誤算が生じて、本当につくしさんを好きになってしまったらしい。あははは。」

笑うお父様をぽかんと見つめるあたしたち。

「睡眠薬で眠るつくしさんを無理やり襲うことだってできたのに、本気でつくしさんが愛おしくなってしまって手が出せなかったと言っていたよ。」

その言葉にとうとう立ち上がり暴れ出す司をあたしと椿さんで取り押さえる。

「でも、この事実がわかったのは、おまえたちが離婚して1年半もたった頃だった。すでに取り繕うには遅すぎる時間が経っていたんだ。せめて私にできることは、不正な疑いをかけられて道明寺邸を去ったつくしさんが、この先幸せに暮らしていけるように見守ることだけ。そう思っていたのに、またしても思いもかけない事実を知ってしまった。」

「……冬季のことですね。」

あたしがそう言うと、お父様が大きく頷く。

「2歳になりたての冬季くんを見た瞬間、間違いなく司の子供だとわかったよ。なんて言ったって、司の小さい頃にそっくりだからね。」

そこまで言うと、今度は椿さんが大声を上げた。

「えっ!嘘でしょ!あの子が司の?」

「姉ちゃん、落ち着けって。」

「落ち着けるわけ無いでしょ!司、あんた知ってたの?」

「俺もつい最近知った。」

「つくしちゃん、どうして……。一人で大変だったでしょ、ごめんね、ほんとごめんね。」

椿さんが手で顔を覆って絶句する。その姿を見て、あたしも今までの苦労が走馬灯のように流れてきて目頭が熱くなる。

「つくしさんには悪いと思ったが、それ以降ずっと君の動向は追っていたんだ。つくしさんが実家から離れたところにマンションを借り、冬季くんを保育所に預けて働き始めたのはその頃だったかな。小さな食品加工会社だったよね。」

「はい。」

「それから、その会社は大きな会社に吸収合併されたろ?」

「ええ、そうですけど、……えっ、まさか?」

「ああ。君の就職した会社がきちんとボーナスも出る職場にしたくてね、ちょっと知り合いに声をかけて傘下に入れたんだ。」

そう簡単に言ってのけるお父様はさすが天下の道明寺様。でも、それを聞いて、あたしはなんだか力が抜けて笑いが込み上げてきてしまった。

「あはっ、ははは。なんだ、ここまで自分一人で頑張ってきたとおもってたんですけど、お父様のおかげだったんですね。」

今の地位や生活は、お父様が支えてくれたからなのだ。

嬉しいような、悲しいような、そんな複雑な気持ちのあたしに、お父様は言った。

「私の目の届く範囲で見守ろうと思っていたのに、相変わらずつくしさんはすごいね!あっという間に仕事を覚えて、目を離した隙に海外赴任の希望まで出してしまって。まさか通るはずもないと思った面接もクリアして、ロサンゼルス工場の責任者にまでなるなんて驚いたよ。私が手を貸したのは、会社を傘下に入れるときだけ。それ以降は君がすべて選んできた道だよ。」

お父様のその言葉に嘘はないだろうと思う。なぜなら、あたしの歩んできた道は狭く険しい道だったから。もしもお父様の息がかかった道ならば、トントン拍子でここまで来たはずだろう。

「希美はどうする?あいつがすべての黒幕だろ?」

「ああ。当然このままで済ますつもりはないけど、もしも司が彼女との再婚を希望するなら話は別だ。道明寺家としても石橋家と婚姻関係でつながるのは悪くない条件だし、おまえが彼女を好きなら」

「んなわけ、ねーだろっ。」

「ならどうして、3年も婚約者として曖昧な関係を続ける?」

「それは……、俺だって道明寺を継ぐ人間だ。自分の立場はよく理解してる。希美、いや石橋家が再婚相手にはベストなのはわかってる。でも、……俺が好きなのはつくしなんだよ。結局、忘れらんなくて、前に進めず3年が経っちまった。」

目の前でそんな告白をされてどうしたらいいのか困り視線を逸らすと、書斎の扉の前から、突然

「ヒューーーっ」と、口笛がなった。

あたしたちが一斉に扉の方を向くと、椿さんの旦那さんが

「熱い告白を盗み聞きしてしまって申し訳ない。子どもたちにアイスを食べさせてもいいかな?」と笑いながら言う。

「私もリビングに今行くわ!後のことはお父様と司とつくしちゃんの3人で相談して頂戴。石橋希美を煮るなり焼くなり、何でもお手伝いするわ。」

椿さんがそう言って書斎を出ていこうとする。

その背中に向かって言った。

「椿さんっ、待って!」

その後、あたしはお父様と司、椿さんの目を見て言った。

「冬季には父親のことは黙っていて欲しいんです。」

司の顔が曇る。

「あの子には、父親は…死んだと伝えてあるから、もしもこの先本当のことを伝えるなら、それはあたしの口からちゃんと言いたくて。」

冬季には父親のことで今まで嘘をついてきた。あなたが小さな頃に病気でなくなったと言った。他の子が公園で父親と遊ぶ姿を見て悲しそうにしていることも知っていた。でも、自分のエゴで隠してきた。

その清算はあたし自身がしなくちゃいけない。

「もう少し、待ってください。」

あたしは、司に向けて頭を下げた。

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