絡まる赤い糸 22

絡まる赤い糸

あれから30分がたった。

つくしは今、ドクターから冬季の検査結果の詳しい説明を聞くため、救急室から離れた場所へと連れていかれまだ戻ってきていない。

俺の頬を引っぱたいたつくしの目は完全に怒っていた。もちろん、騙すようなことをしたのだから殴られても蹴られても文句を言うつもりは無いし、大人しく受け止めるつもりだが、

そんな状況でも、救急室の前で待っている俺の胸は、あれからずっとドキドキと高鳴っている。

つくしは間違いなく言った。

「冬季と俺は親子」だと。

冬季は俺の子だったのだ。肌の白さや漆黒の瞳はつくしにそっくりだが、手足が細長い身体のバランスは俺の小さい頃によく似ている。

俺にガキがいたなんて。この世に俺の分身がいたなんて。

嬉しさと驚きが入り交じった感情をどう説明すればいいか分からないが、つくしのことを思うと胸が締め付けられる。

離婚したあとあいつは一人で子供を産み育てていたのだ。実家に帰るでもなく、異国の地でベビーシッターを頼りながら夜遅くまで仕事をするシングルマザー。

あんな風に道明寺家を出たから俺に言えなかったのか。それとも、俺には知らせたくなかったのか。

どちらにしても、偶然ロサンゼルスでつくしに再会していなければ、俺はこの事実を知らずに生きていたのかと思うとゾッとする。

救急室の前にあるベンチに座りながら頭を抱え目を閉じる。どれくらいそうしていただろうか。ふと、誰かが隣に座る気配がして目を開けると、そこにはつくしがいた。

「…冬季は?」

俺が小さくそう聞くと、

「トイレに行ってから来るって。」

と、つくしも静かに答える。

大丈夫か?ごめん、疲れただろ?色々言いたいことはあるけれど、どれも違うような気がして声に出せずにいると、つくしの方が先に口を開いた。

「5歳なのに、気を遣うってことが出来るのね。」

「あ?」

「冬季。トイレになんか行きたくないくせに、私たちが喧嘩してると思って気を利かせたみたい。」

そう言いながらチラッと廊下の奥にあるトイレの方に視線をうつすつくし。俺もそっちの方を見ると、そのトイレの影から俺たちの様子を伺っている冬季の姿がある。

「あれで隠れてるつもりなのかしら。」

「プッ…ガキだもん、仕方ねーだろ。」

「はぁーー。冬季が見てるから、とにかく、さっきのことは謝っておく。ごめん。」

つくしを騙して泣かせたのは俺だ。謝らなきゃいけねーのは俺の方なのに。

「なんでおまえが謝るんだよっ。わりぃーのは俺だ。」

「そう、悪いのは司。でも、子供の前で暴力ふるったのは完全にあたしが悪い。…痛かったでしょ、ごめんね。」

つくしのこういう素直で実直な性格は変わっていないし、そこに猛烈に惹かれていた自分を思い出す。

「…痛くねーよ。あと100発殴られても文句は言わねぇし。」

「今の言葉、後でもう1回聞かせて。録音しとくから。」

「プッ…」

思わず笑っちまう俺に、つくしも睨みながらも少しだけ頬が緩む。それを見ていたのか、トイレの影から冬季が走ってきて、つくしの膝に飛び乗ってきた。

「ママ、仲直りした?」

「え?……うん、したよ。」

「良かった。じゃあ、帰ろ。せっかくの誕生日が終わっちゃうよ!」

そうだった。今日はつくしと冬季の誕生日だ。2人を強引に食事に連れていこうとして、その途中での事故だった。

つくしも誕生日のことをすっかり忘れていたようで、

「あっ、そうだった。」

と、苦笑い。

結局、誕生日ディナーは、検査の合間に病院の看護師が気を利かせて持ってきてくれた甘ったるいマフィンとオレンジジュースで済ませ、すでに時計の針は23時だ。

「あたしたちは、もう帰るね。」

「西田が乗ってきた車があるから送ってく。」

「いいの。」

「でも、時間もおせーし、」

「司、本当に大丈夫。」

俺の言葉を遮ってそう言ったつくしは、少し考えたあと言った。

「明日、少し時間ある?」

「ああ。」

「昼間、冬季が幼稚園に行ってる間に、二人で会いたいの。」

つくしが切り出さなければ俺が同じことを言っていた。俺達には話さなきゃならないことがある。

俺はポケットから財布を取り出すと、数枚入っている自分の名刺を一枚つくしに渡して言った。

「そこに書いてある携帯番号の下4桁を俺の誕生日に変えたものが、今プライベート用の携帯だ。明日一日時間を空けておくから、いつでも連絡してくれ。」

つくしはその名刺を受け取りながら、コクコクと小さく頷いた。

…………………

次の日、つくしからショートメールが届き、12時にカフェで待ち合わせることになった。

シャワーを浴び、ロスに持ってきている中でも一番お洒落であろうカーディガンを羽織り、念入りに髪型をチェックしていると、そこに一人の招かれざる客が現れた。

それは、姉ちゃんだ。

「司、事故を起こした次の日とは思えないほど晴れ晴れした表情ねぇ。」

「わりぃ、急いでるんだ。姉ちゃんと遊んでる時間はねえ。」

「こっちこそ遊ぶつもりなんて無いわよっ!西田から聞いたわよ。事故の時、つくしちゃんも一緒に乗ってたんですって?怪我はなかったって聞いたけど、あんた、またつくしちゃんのストーカーしてる訳じゃないわよね。」

「ストーカーって、いつ俺がそんなことしたんだよ。」

「出会ってからずっと、あんたはつくしちゃんのこと追いかけ回して、ストーカー行為してきたでしょ。」

「はぁーーー。」

姉ちゃんとこれ以上話していたら、つくしとの約束には間違いなく遅刻する。

「出かけてくる。姉ちゃんの話は今度ゆっくり聞くから、じゃあまたな。」

「ちょっと待ちなさいよ!」

俺の後を追って玄関まで着いてくる姉ちゃんは相変わらず鋭い。

「随分と今日はカッコつけてるじゃない。司が髪にワックスなんて付けてるの久しぶりに見たわ。それにっ、もしかして香水も?」

背伸びをして俺の首元にクンクンと鼻を近付けてくる姉ちゃんを強引に引き剥がし、

「変態かっ!」

と、嫌がってみせながらも、心の中で自分に、

お洒落なんかしてどんだけ浮かれてんだよ。とツッコミを入れる。

「つくしちゃんに会いに行くの?」

「ああ。」

「また…始めるつもり?」

始める…姉ちゃんは俺たちの離婚に一番胸を痛めた人物だ。だからこそ、俺とつくしのことに関しては敏感で、今も明るく振舞っていながらも表情が不安げだ。

「心配すんな。俺もあの頃よりはだいぶ大人だし、気持ちだけで突っ走るようなことはしねーから。」

「司……」

覚悟は出来ている。守りたいもの、いや、守らなくちゃいけねーものが俺には出来たから。

姉ちゃんに軽く手を振り車に乗り込んだ。

…………………

カフェに着くとつくしはすでに来ていた。

「ごめん、待たせたな。」

「ううん。先に注文しちゃった。」

コーヒーが半分くらい減っているところを見ると、だいぶ早く来ていたのだろう。

つくしの正面に座り、同じくコーヒーを注文し、店員が俺の前に置くのを見届けると、つくしがすぐに口を開いた。

「あのね、先に言っておきたいんだけど、血の繋がりはもちろん大事だと思うの。でも、冬季は生まれた時からあたしと二人で生きてきたし、父親のことを恋しいとかそんな素振りを見せたこともなくて、」

つくしがグダグダと説明するのも俺としては想定済み。こういう時のこいつにはズバッと本題を突くのが一番効果的。

「おまえの口からちゃんと聞きてぇ。冬季は俺の子か?」

目を少し泳がせたあと、観念したように頷く。

「…ん。」

昨夜のドタバタの中で聞くよりも数倍、いや数百倍嬉しさが込み上げる。それを隠すように、俺は冷静に聞く。

「どうしてもっと早く言わなかった?」

「だって、離婚したのに言う必要ないでしょ。」

「言うだろ普通。認知したり、養育費を渡したり、離婚したって色々することはある。」

昨夜、徹夜で調べた知識をぶつけてみると、あっさりと拒否される。

「そういうのは要らないの。」

「あ?」

「離婚したんだから司とは他人でしょ。離婚後に妊娠を知ったし、あたしの身体に宿った命はあたしのものだから、誰の助けも要らない。」

「おまえの身体に宿ったかもしれねーけど、精子は俺のものだ。」

「ちょっ、…やめてよ。」

当たり前のことを言ったのに、顔を赤くして下を向くつくしが可愛い。

「とにかく、俺は冬季の父親として最大限のことはしたい。」

日本に戻ってきたいならそれもいいし、ロスに残るならもっと広い家を用意する。冬季がどこかに遊びに行きたいと言えばプライベートジェットだって使うし、小さな島を冬季の名前で買ってもいい。

父親としてできることはなんだってする。

それなのに、

「何もしないで。認知とか養育費とか、一切必要ないの。」

と、相変わらずこの女は甘えることをしない。

「冬季に父親だと名乗ることも?」

「ダメ。」

「つくしっ!」

「だって、あなたはこれから再婚する人でしょ!自分から傷をつけてどうするのよ。冬季のことは誰にも言わないで。あたしが勝手に産んで育ててるだけ、司は何も知らなかった事にして。」

「……バカか、おまえは。俺だけ前に進めるかよ。」

何となく思い出す。離婚話をしている時もそうだった。

お互い相手のことを思い合う振りをして、結局自分の本音をぶつけるのが怖かったのだ。

だけど、あの時後悔したから今ならわかる。相手の本音を聞きたいなら、まずは自分の気持ちをストレートにぶつけ続けることだって。

「再婚するつもりなら、もうとっくにしてる。結婚なんてもう懲り懲りなんだよ。」

俺がそう言うと、傷付いたように泣きそうな顔になるつくし。その顔が可愛いどころか、愛しいと思っちまう自分に呆れる。

「好きで好きで堪らなかった女と離婚して、それでも何年も何年もその女が忘れられなくて、そんな状態で他の奴と結婚なんてできねーだろ。また失敗するに決まってる。だから、懲り懲りだ。俺にはまだ忘れられねぇ女がいるから。」

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村

ランキングに参加しています。応援お願いしまーす♡

タイトルとURLをコピーしました