絡まる赤い糸 19

絡まる赤い糸

「ママへの誕生日プレゼントでしょ?」

冬季にそう言われ、ハッとする。

今日は12月28日。つくしの誕生日だ。

一瞬気まづそうな表情をしてしまい、

「時差で曜日感覚がズレてんだよ、今日が何日か…」

と、言い訳をしそうになった俺に、

「覚えてる必要なんてないから大丈夫。で?なんの用?」

と、つくしは冷たく言い放つ。

「…あー、これを。」

冬季に向けてゲーム機が入った袋を差し出すが、さすがに誕生日の本人を差し置いて、この行為は間が悪い。

でも、その袋を受け取った冬季が思いがけないことを言った。

「わぁ!僕への誕生日プレゼントだったの?」

それを聞いて、俺はハッと思い出した。そうだった、いつしか冬季が言ったことがある、「ママと僕は誕生日が一緒で、運命共同体なんだ」と。

「誕生日だって知ってたの?」

つくしが俺に小さな声で聞く。

「…ああ。」

「嘘つき、知らなかったでしょ。」

「知ってたか知らなかったかは重要じゃねぇ。テレパシーで感じたって事。」

「超能力者みたいな事言ってんじゃないわよ。。」

そう言ってフッと鼻で笑うつくしにようやく笑みが漏れる。

「飯は?」

「仕事帰りに買ってきた。」

つくしの右手には、アメリカで有名なチャイニーズレストランの細長い箱のデリバリー料理が入った袋がある。

「誕生日だろ、もっといいもの食えよ。」

「買い物に時間がかかっちゃって、これしか買えなかったの。」

「冬季、何食いたい?」

小さな体の冬季に合わせるようにしゃがんでそう聞くと、

「お肉!」

と、すかさず答えが帰ってくる。

「冬季っ、明後日の休みにお肉食べに連れて行ってあげるって言ったでしょ。だから、今日は」

つくしのダメダメモードに突入する前に、俺は冬季の頭をガシガシと撫でながら言った。

「よっし、今からステーキが食べられるレストランに行くぞ。誕生日は今日しかねーんだから、今日楽しまなくちゃな?」

「うん!」

「ちょっと、勝手なことっ、」

慌てるつくしを置いてスタスタと車へ歩き始める俺の背中に、

「ねぇ、聞いてるっ?」

と、文句を言いながら付いてくる。

俺は振り返り、つくしの両手にある荷物を待ってやりながら、

「ゴタゴタ言ってると店閉まるぞ。ほらっ、走れ。」と急かすと、

つくしは慌てたように冬季の手を取り走り出す。その姿に、俺は心の中で呟く。

相変わらず、可愛い生き物だなおまえは。

そして、そんな自分の呟きに、何言ってんだと呆れる自分がいた。

………………………

昔、親父の仕事に同行して何度かロスへ来た時に、連れて行ってもらったステーキ屋さんがあった。

普段、日本で外食する時はババァに合わせてフレンチやイタリアン、会席料理などちまちました料理が運ばれてくる店が多かったが、親父とふたりの時はガツンとした男料理を気兼ねなく食べられて楽しみだった。

その中でもロスで食べたステーキはボリュームもあり肉の味がしっかりしていて、忘れられない名店。

前回ロスに来た時にその店の前を通りかかったら、今も多くの客で賑わっていて昔の記憶そのままだった。

冬季に肉が食べたいと言われた瞬間、迷わずその店が頭に浮かんだ。

確か21時くらいまではやっていたはず。ここからは20分程度だから今から行けば十分に間に合う。

つくしと冬季が持っていた荷物を後部座席に乗せ、その横にちょこんと冬季が乗りしっかりとシートベルトを締めてやる。

そして、つくしは助手席に乗せ、「ナビを頼む。」と言って俺の携帯を渡す。

ロスで借りたレンタカーにはカーナビが付いているが、今日の西田とのトイショップへのドライブでもそのカーナビが上手く起動せず、危うく一方通行の道を逆走しそうになった。

「なんて言う店?」

「jwステーキハウス」

「あー、聞いた事あるけど。」

「だいたいの場所は分かるから、近くなったらナビ頼む。」

「OK」

そうして走り出した車。最初は冬季も興奮してるのか、幼稚園であった事をペラペラとよく喋り楽しそうだったが、そのうち段々と静かになり、信号待ちで俺たち2人が後部座席を覗いてみると、すやすやと眠ってしまっている。

「寝ちゃった…。」

「やべぇじゃん。店に着いたら起きるか?」

「起きると思うけど、抱っこしないと歩かないかも。」

「俺がしてやる。」

少し驚いたような顔で俺を見るつくし。分かってる。こんな言葉がスラスラと口から出ることに俺自身が一番驚いてる。

ようやく見覚えのある通りに近づいてきた。ここから数百メートルで店の看板と駐車場が見えてくるはず。

その時、俺の携帯が震える音がした。

「あっ、電話。」

つくしがそう言って俺に携帯を差し出すが、運転中なので、

「誰から?」

と、聞くと。

つくしが一瞬間を開けたあと、

「石橋希美さん」

と。

俺の事を少しでも知ってるやつならその名前が誰なのか分かるはずだ。石橋希美は2年近く俺の婚約者だと噂されている女。

直接こうして電話をかけてくることは珍しい。いや、かけてきたとしても俺が電話を取ることはほぼない。

それを分かっていてかけてくるということは、相当急ぎの用事か。

つくしの手の中で震え続けている携帯に手を伸ばし、俺は応答ボタンを押した。そして、車内に聞こえるようにスピーカーもオンにする。

「もしもし、司さん。」

「ああ。」

「今、話せる?」

「手短にしてくれ。」

そう話す間、つくしはこの会話を聞かないようにしているかのように窓の外を見つめている。

「なんか最近、お騒がせしちゃってごめんなさい。」

「あ?なんの事だ?」

「この間のパーティーの様子がマスコミに漏れちゃって、司さんの方にも取材が殺到してるって聞いたから、謝らなきゃと思ってたの。」

「その件は、こっちでもう手配したから、これ以上流出することはないと思う。でも、もうでてしまった写真に関しては俺もどうにもできねーし、そのうち静かになるだろ。」

「そうね、でも私、これがいい機会だと思うの。」

「いい機会?」

「そう。そろそろ私たちのこと正式に発表しない?結婚もそうだけど、…私、ママになるなら出来るだけ若いママって見られたいから。」

その希美の言葉を聞いて、つくしが携帯のスピーカーボタンをそっと押し、俺に携帯を渡してきた。

これ以上は聞きたくない、聞かせないで。というサインだ。

俺はその携帯を自分の膝に乗せ、再びスピーカーにした後言った。

「そうだな。確かにいい機会だ。この際はっきり発表しよう。道明寺家と石橋家は婚約関係にはないということを。」

「司さんっ!そんな悲しいこと言わないで。私が悪かったわ、急ぐつもりは無いの、ごめんなさい。明日でも会ってちゃんと話しましょ。」

「今、ロスに来てる。」

「ロサンゼルス?お仕事?」

「いや。」

そこまで言ってつくしの方をチラッと見ると、窓の外に視線を向けながらも、その瞳が不安げにゆらゆらと揺れている。

それを見て、俺は一瞬で思った。俺とつくしは何もやましい関係ではない。今ここに一緒に居ることを誰にも隠す必要はねーし、反対される筋合いもない。

そして、何より、ここにいることを選んだのは俺自身だから。

「つくしに会いにロスに来てる。」

そう電話に向けて言うと、つくしが肩をビクッと跳ね上がらせて俺の方を振り向く。

「つくし?…っ!もしかして前の奥さんのこと?」

「ああ。今、つくしと一緒にいる。だから、悪いけど、電話は切るぞ。」

希美が何かを言いかけていたが、それを聞く前に携帯切る。

それと同時に、

「何やってるのよっ!」

と、つくしが呆れた顔で俺の腕をグーパンチ。

「馬鹿じゃないのっ!誤解するようなこと言ってどうするのよっ。」

冬季が寝ているから声のトーンは抑え気味だが、これはマジのお怒りモード。

ちょうど信号も赤になり、俺はつくしの方に体勢を向けながら、つくしが繰り出すグーパンチを手のひらで受け止めた。

「隠す必要ねーし。」

「隠すとか隠さないとか、そういう問題じゃなくて、……そもそもなんでここにいるのよバカ。」

最後のバカは何故か泣きそうな声。怒ったり泣いたり、相変わらず喜怒哀楽が忙しくて飽きねぇ女。

そんなつくしをニヤッとした顔で見つめた直後だった。

ドォーンッ!!車に強い衝撃が走った。

その勢いで車のハンドルに胸を強く打ち付ける。

一瞬、頭が朦朧としたが、すぐに意識が戻り何が起きたのか瞬時に察した。

「つくしっ!冬季っ!!」

俺は慌ててシートベルトを外し車外に出ると、変形した後部座席に座る冬季のだらんとした身体を抱き起こす。

「イヤーーっ、冬季、しっかりして!」

パニックに陥っているつくしが俺の腕から冬季を奪い、「救急車早く呼んで〜」と泣き叫ぶ。

その光景を見て、ようやく俺は今何が起こっているのかを理解した。

信号待ちをしていた俺の車が後ろから追突されたのだ。半分ほど潰れた後部座席と、かろうじて出来たほんの隙間に冬季が取り残され、その額にはうっすら血が流れ、身体はぐったりとしたままだった。

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