絡まる赤い糸 17

絡まる赤い糸

どこから漏れたのか、石橋家で開かれたパーティーの写真が流出した。

それも、どの角度から撮ったのか…と思わせるような巧妙なアングルで、石橋家の3人と俺とババァがフレーム内に綺麗に収まっている。

マスコミが騒ぎ立てるのも仕方がない。ここ数年、婚約の噂は流れているのに、なかなか両家が交流している所どころか、ツーショットさえ公になっていなかったのだから。

そして何より、このことを知ったタイミングが悪かった。つくしのマンションにいる時に西田から連絡が入り、同時にメールで写真も送られてきた。

別にやましいことは何も無いのに、なぜか悪いことをしている気分になった。まるで婚約者がいながら愛人の家でくつろぐ男の図。

きっとつくしも同じことを思ったに違いない。

「そろそろ帰ったら?」

と、言ったあとまともに俺と視線を合わせることもなくマンションから追い出された。

はぁーーーー。

と、大きな溜息をつきながら、ここロサンゼルスで過ごすペンションの書斎で目を閉じる。

すると、コンコンと音がして、西田の

「入ります。」という声がした。

「おう。」

西田はお盆にコーヒーカップを持ち書斎に入ってきた。その姿に俺は思わず吹き出す。

「ぷッ…なんだよその格好。」

「仕事の時間は過ぎましたので、着替えさせて頂きました。」

そう言う西田の格好は、上下グレーのスウェット姿。

そう、ロサンゼルスに同行してきた西田もここのペンションで一緒に過ごすことにしたのだ。

ここからホテルまでは距離もあるし、飛行機に乗ってから判明したのだが、こいつは国際免許証を持っていない。

何かの役に立てば…と俺に同行してきたくせに、1人で運転も出来ないのだ。まぁ、このペンションは3家族が泊まったって十分な広さがある。西田ひとりくらい泊まるのに困らねーけど…。

「西田がそんなラフな格好するとはな。寝る時もスーツかと思ってた。」

「私だって家ではくつろぎますので。」

「にしても、見慣れねーわ。」

もう一度スウェット姿の西田を見て吹き出すと、そんな俺を無視して、西田が言った。

「それで、何か収穫はありましたか?」

その言葉に、俺はデスクの上にある小さなビニール袋を見つめた。

今日、つくしに会いに行ったのには理由がある。親父宛に遺伝子情報解析センターから書類が届いた事と親父がつくしの会社や周辺を調べていた事、それらが意味していることはただ1つ。

つくしの息子が俺との間に産まれた子である可能性を疑っていたのだろう。

だから、それを俺自身も確かめるために、ロスへ来た。冬季に会って、つくしの目が離れた時にこっそりと何か証拠になり得そうなものを取ってこようと考えていたのだ。

そして、実際に俺の目の前にある小さな袋の中には1本の髪の毛が入っている。

子供特有の細くて柔らかい髪の毛。冬季のものだ。

「それがそうですか?」

袋を見ながら西田が聞く。

「ああ。」

「明日、すぐに手配しましょうか。」

「………。」

目的は達成したというのに、なぜか俺の気分は憂鬱だ。

「西田、」

「はい。」

「俺は何がしてぇーんだろ。こんな事してつくしの息子が俺の子か違う男の子か調べてどうするつもりだよ。」

「………。」

「それよりも、さっきから俺は気になってる。つくしがどう思ったか。」

「どう思ったとは?」

「おまえからさっき電話が来た時、つくしがすぐ側にいた。俺と希美の結婚が近いとマスコミに流れてることを知ったはずだ。それを聞いてあいつはどう思っただろう。俺が再婚する事は平気なのかよ。少しは……苦しく思ったか…?」

西田相手にまるでつくしに問うようにそうつぶやく俺。

情けないのは分かってる。今更なのも分かってる。

でも、結局俺はまだ5年前の別れた時から一歩も進んでいない。

そして、それをどうにかしたくて、冬季を利用しようとしている自分。

冬季のDNAの結果によって、自分の進むべき道を決めようなんて愚かな考えを少しでも抱いた事に吐き気がしてきた。

俺は立ち上がり書斎の窓を開けた。心地よい風が吹いている。

ビニール袋から取り出した細い髪の毛を、俺は風に乗せるように窓から外へ放つ。

「いいのですか?」

俺の背中に向かって西田が驚いたように聞く。

「ああ。やり方を間違えると、結果も散々だって事を5年前に経験したのに、また同じことを繰り返すところだった。」

そして、窓を閉めて言った。

「親父と久しぶりにじっくり話す。」

「了解しました。」

……………

『休暇でロスに来てる。時間がある時に少し話したい。電話をください。』

親父にそうメールを送った次の日、日本時間が22時を回った頃、親父から電話が来た。

「ロスって、椿のところにいるのか?」

「いや、姉ちゃんにはこっちにいる事を話していない。」

「サプライズか?」

親父は楽しげにそう話したが、次の俺の言葉で雰囲気が一変した。

「親父が4年前に2ヶ月間滞在したペンションにいる。」

「………。」

一瞬黙ったあと、

「椿に会いに行った訳じゃないという事は、つくしさんに会ったのか?」

と、親父が言った。

親父のこういう所は本当に尊敬する。一を聞いて十を知る。とはこういう事で、仕事の面でも賢明で察しが早く判断力がずば抜けている。

「ああ、会った。」

そう答えると、ふぅーと息を吐いたあと、

「彼女は元気かい?」

と、聞く。

「元気だ。話せば長いけど、ロスで偶然つくしに会ったんだ。一瞬の再会で、それで終わるはずだったのに、…気になってまた会いに行っちまった。」

「気になったのは、」

「つくしに子供がいた。」

親父が知っているのは分かっていたけれど、どんな反応をするか確かめたかった。

すると、

「冬季くんだね、もう今年で5歳か?大きくなっただろう。」

と、隠す様子もなく話す。

その反応に流石に腹が立って、

「親父っ、どこまで知ってんだよ。何がしたいんだよっ。4年前、つくしの職場や家を探ってたらしいな。それに、子供がいた事まで。離婚した後もつくしを追ってたのか?何が?なんの目的で?」

思わず声を荒げる俺に。

すると、親父は静かに言った。

「なんの目的かって?罪滅ぼしだよ。」

「…あ?罪滅ぼし?」

「ああ。愛した男のために道明寺家という大きな船に乗り込んだのに、数年後、気づいた時には訳もわからず大きな海に放り出された彼女への罪滅ぼしさ。」

親父の言いたい事は分かる。でも、なぜ親父が別れた元嫁の事をそこまで気にするのか。

頭が追いつかず黙る俺に、

「責任は俺にある。司、おまえは彼女を愛するという事を放棄した以上、この件には口出しするな。」

と、親父は冷たく言い放ち、電話が切れた。

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