絡まる赤い糸 16

絡まる赤い糸

駐車場の奥から3台目にいつも停めている愛車のSUV車が見えた。

遠目からでは中の様子は分からなかったが、近くまで近づくと、助手席に黒い人影が見えた。

どうやら大人しく車の中で待っていたのだろう。

いつものように運転席を開けると、助手席の人影がビクッと揺れて起き上がった。

「寝てたの?」

あたしがそう聞くと、

「何時だ?」

と聞き返してくる。

「定時の6時に出てきたわよ。」

不服そうにそう答えると、

「退屈すぎて寝ちまった。」

と、子供みたいに目を擦りながら言う。

どうしてあたし達はこんな異国の地でドライブのような事をしているのだろう。エンジンをかけ、車を発車させながらそう考える。

5年前に離婚して、もう二度と会うことがないと思っていた。会わずに生きていこうと決意していた。

それなのに、いつどこで歯車が狂い、再会することになってしまったのか。

車を発車させて5分、司が口を開いた。

「息子は?家にいるのか?」

「え?あー、シッターさんが家で見てくれてる。」

「飯、食いに行こう。」

「はぁ?なんでよ。」

「なんでって、夕飯時だぞ、腹減ってんだろ。」

「お腹は減ってるけど、ご飯はシッターさんに頼んであるし、家で食べるから。」

「せっかく来たんだし、たまには外で食べてもいーだろ。あいつ言ってたぞ、ピザとかドーナツは食べちゃダメだってうるせぇ事をママが言うって。」

「子供にとってあの砂糖と油だらけのピザやドーナツは身体に悪いの。何も知らないんだから、口出ししないでよ。」

冬季が知り合ったばかりの人にそんな愚痴を言っていた事に少しイラッとして、司に対する口調が少しキツくなってしまった。

車内は沈黙が流れる。

何をやってるのかあたしは。ついこの間、司との電話で反省したばかりなのに。

この間司から夜に電話がかかってきた。

その時、執事だった坂東さんだけじゃなく婚約者の女性のことも疑い始めていた司に、あたしは言った。

「婚約者の女性まで疑ってどういうつもりよ。これから結婚しようとしてる相手の粗探しをしても仕方ないじゃない、そんな裏で探られてるって知ったら相手はいい気しないわよ。」

すると、その直後、司が「わりぃ、切るぞ。」と言ってあたしの返事も聞かずに電話を切った。

きっと怒ったのだろう。別れた妻に再婚相手についてとやかく言われて腹が立ったのか。

でも、どんなに喧嘩してもあんな風に司からプツリと電話を切られた経験がなかったから、ものすごく後味が悪く言いすぎたと後悔していたのだ。

だから、今日突然彼が職場に現れて驚いたと同時に、少し安堵した。

言いすぎたと謝る機会が出来たから。

それなのに、またあたしは同じ事を繰り返す。司の言葉に無駄に反発し冷たく言い返してしまう、それがあたしの悪い癖だ。

いつからか、素直になれなくなってしまった自分がいる。司の浮気を疑い出した頃だったか、いや、自分の浮気を疑われ出した時からだったのかもしれない。

世間にも夫婦仲が悪くなったと噂が流れ始め、株価が緩やかに下向し、結婚生活を守るか会社を守るかの狭間に置かれた司に、あたしは苛立ちを覚え冷たく当たった。

あたしだけを信じて、あたしだけを守ってくれると思っていたから。

今なら分かる。道明寺という家に生まれた以上、何万人といる社員を守る立場にいるのだ。司のとった選択は間違いじゃなかったと。

「ごめん。」

あたしは運転しながら前を向いたまま小さく言った。

「あ?」

何が?とでも言うようにあたしの顔を見ながら聞き返してくるこの人。

「だから、…ごめん。きつい言い方して。冬季は9時にはもう寝るの。あたしが帰ったらすぐに夕飯を食べて、その後お風呂に入って少し一緒に遊んで、ベッドに行く時間。だから、食事には行けないわ。」

「…おう、そっかぁ。」

「どこで降ろせばいい?」

「ん?」

「どこまで行くの?椿さんの家なら通り道のそばだから…」

そこまで言った時、車内に盛大にグググーと音が鳴った。

「。。。」

「………。」

お互い沈黙の後、思わずあたしは笑ってしまった。

「ねぇ、そんなにお腹すいてるの?」

「ああ。だって、機内食が破滅的に不味くて食えなかったんだよ。」

「機内食って、まさか今日こっちに着いたの?」

「飛行場から直でおまえの会社に行った。」

色々と突っ込みたいところは満載だが、あんなに盛大にお腹の虫が鳴くということはかなり空腹なのだろう。

「途中で何か食べる?」

「家であいつが待ってんだろ?」

拗ねたようにそう言うところがなんとも可愛くて、いや子供っぽくて、仕方なくさっきの謝罪も込めて聞いてあげる。

「うち来る?」

「っ!?」

「嫌ならいーけど。」

「行く。」

バカみたいに嬉しそうに言うこの男を見て、こっちの頬まで火照ってくる。

それを悟られたくなくて、運転席側の窓を少し開けながら、

「シッターの花江さん、いつも多めに作ってくれてるから、今日だけだからね。」

と、わざとぶっきらぼうに言った。

…………

マンションに着いたのは18時半を少し回った所だった。今日は定時きっかりで会社を出たのでいつもより15分くらい早い。

鍵を開けた瞬間、中から

「おかえり〜。」と冬季が走ってくる。

そして、あたしの後ろに立つ司を見て、

「えっ!」と固まり、それと同時に花江さんが現れ、驚いたように立ち尽くす。

それもそのはず。花江さんには以前、道明寺には何を聞かれてもあたし達親子のことを何も話さないで欲しいとお願いしたのに、まさか自分で家まで連れてくるなんて…と呆れているに違いない。

「花江さん、あのぉ、急にごめんなさい。」

「いえ、私はすぐに帰りますので。」

「違うのっ。今日は少し延長して貰えますか?」

「え?」

「この人、お金が無くて何も食べてないそうなの。だから、食事を恵んであげて欲しくて。」

あたしのその言葉に「ぶっっ」と吹き出す司。

「おまえさ、そういう冗談、」

「食べるの?食べないの?」

「…食べます。」

あたしの言葉に大人しく従う司を見て、花江さんも冬季も不思議そうな顔をした。

………………

私が奥の部屋で着替えをしている間に、花江さんはいつものように手際よく食卓にご飯を並べてくれる。

今日は私と冬季の分の他にもう一人分。

「花江さんも一緒に。」

そう誘うが、いつものように、

「桃太郎が待ってるので。」

と言う。

桃太郎とは花江さんが家で飼っている犬のこと。花江さんが帰るのを首を長くして待っているそう。

食事の準備をした後、

「それでは、またあした。」

と、冬季に手を振り玄関へ行く。

そして、玄関まで見送りに来たあたしに、

「何かあったらすぐに連絡してくださいね。」と司の方にチラッと視線を移しながら囁く。

どうやら花江さんは司のことをかなり警戒しているらしい。

「大丈夫。ありがとうございます。」とあたしはそんな優しい花江さんに頭を下げた。

それからぎこちない奇妙な食事会が始まった。どうせ食べるならどこか外のレストランで食事をすれば良かったと今更後悔する。

生まれた時からあたしと2人で生活してきた冬季は大人の男の人に慣れていない。司が何か質問しても、頭をコクンと動かすだけで会話らしい会話は続かない。

それに、司だって子供のいる暮らしなんて皆無だったのだから得意ではない、いやむしろ子供なんて苦手だろう。

と、思ったが、それは杞憂だったようだ。意外にこの人は子供の扱いが上手い。10分ほどで冬季も司に慣れ始め、楽しそうに話している。

「…子供、好きなの?」

「あ?あー、姉ちゃんのとこの姪っ子に鍛えられたからな。」

「へぇ、意外。」

あたしがそうつぶやくと、

「おまえだってそうだろ。」

と、司があたしを見つめて言う。

「おまえが母親になってたなんて思いもしなかったし、ちゃんといい子に育ってんじゃん。」

その言葉に、あたしの胸の内は複雑に揺れ動く。やっぱり再会しちゃいけなかった。心に波風立たないよう、必死に静かに生きてきたのに、司と再会してから波が少しずつ大きくなり始めているのが分かる。

その時、司の携帯がなり始めた。

画面を見たあと、「わりぃ、西田からだ。」と言って電話に出る司。

秘書の西田さんの名前を聞くのも久しぶりだし、電話口から西田さんの声が響いてきて懐かしさが込み上げる。

「どうした?」

司がそう聞き返すと、携帯から

「ニュースをご覧になりましたか?」

と緊張した声が漏れてきた。

何かあったのだろうか。そう思いながらも、残ったご飯に手をつけ、冬季に「電話してるからシーよ。」と合図を送ると、携帯から西田さんの声が聞こえた。

「石橋家で開かれたパーティーの写真が流出しまして、司さんと希美さんのツーショットの写真を見たマスコミが、正式に婚約発表かと大きく報道し始めています。」

その言葉を聞いて、あたしはさっきまでの心のざわつきが一気に引いていくのが分かった。

バカみたい。何を勘違いしていたのだろうか。

この人はもう婚約者がいるのだ。今ここにいるべき人ではない。

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