3日後、俺はロスへの飛行機に乗っていた。
親父が何の目的でつくしの会社を調べていたのか、そして同じ頃、遺伝子情報解析センターで誰のDNAを調べていたのか。
親父に聞けば早い。でも、俺はこの目でもう一度つくしの息子である冬季の顔を見たかった。
「私もお供しましょうか。」
2日前、荷造りをする俺の背後で西田が言った。
「いや、プライベートな渡航だから必要ない。」
「了解しました。……ですが、不測の事態に備えて近くで待機しておいた方が…」
西田の言う不測の事態とはどんなものなのか見当も付かないが、こいつなりに俺の事を心配しているのだろう。
西田もあの調査書には目を通したはずだ。そして、鋭いこいつなら、俺が考えた事と同じことを思ったに違いない。
「時と場合によっては、ガキを拉致すれって命令するかもしんねーぞ。」
「そ、それはっ。つくしさんとよく話し合ってください。」
「冗談だよ。まぁ、俺が暴走しねーように、おまえも付いてくるか?」
「はい、お供します。」
そう言った西田は、今、飛行機の中で俺の隣に座り爆睡してやがる。
今日は12月22日。年末の慌ただしい中、この3日で仕事をギューギューに詰め込んで徹夜で終わらせてきた。
西田も連日寝ていなかっただろう。
ババァにも親父にも姉ちゃんにもロス行きは伏せてある。だから今回はプライベートジェットではなく民間機での渡航。
俺も身体はガッツリ疲れているのに、目は冴えて何度閉じても眠りには入れなかった。
もしもあの冬季が俺とつくしの子だったら…。別れた時には腹の中にいたのか。それともその後に気づいた?
だとしても離婚が成立しているのに、子供を産むという選択をするだろうか。そしてもしも親父がこの事実を知ったとして、仮にも道明寺家の跡取りだ。黙っていただろうか。
考えても考えても答えは出ない。
それは、ある事実が過程のままだから。
『俺とつくしの子か?』
それがはっきりしない限り、その先は全て妄想でしかないから。
ロスに到着すると、西田に荷物をペンションに運ぶよう頼んだ後、俺はそのままタクシーに乗り込みつくしの会社へと足を運んだ。
ロスの郊外に広がる大きな倉庫街。たくさんの日本企業の名が記された建物が並んでいる。その一角に、つくしが働く会社のロゴが入った建物が出てきた。
その周りを一周タクシーでゆっくり走っていると、従業員らが外で楽しげに話している。時計を見ると15時。休憩時間なのか。
俺は車から降りると彼らの元に近付き、「HELLO」といつもしたことの無いような笑顔で話しかける。
「休憩時間かい?」
「そうだけど、君は?」
「本社から視察に来たんだ。今日はいい天気だね。」
本社からというワードと、この辺の工場勤務ではあまり見かけないスーツ姿だった事で彼らはすっかり俺の立場を誤解したらしい。
「本社のお偉いさんがどんな用で来たんだい?」
「君たちの職場環境が最適かどうか調べに来たんだ。何か不満はないかい?」
「不満は山ほどあるよ。給料をもっとあげてくれなきゃ物価高で生活できない。それに、ここは郊外だからふらっと何かを買いに出たくても遠すぎる。工場内にもっと広い食堂と日本のコンビニが入っていれば…、それと、」
黙って聞いていれば永遠と愚痴を吐きそうな勢いの男たちに、
「OK、OK。上司についてはどうだ?日本人のマネージャーがいるだろ?」
と聞く。
「あー、つくしの事かい?フフ、チャーミングだね〜。まるで子供のように小さいのに、パワフルで俺たちのママに見える時があるよ。」
そう言って声を上げて笑う奴らを見ると、どうやらつくしは可愛いがられているらしい。
と、その時、建物の中から
「そろそろ休憩は終わり〜、さぁ、中に入って〜。」
と言う声と共に、今噂していた女が出てきた。
ぞろぞろと中へ入っていく従業員の中に俺がいるのを見つけ、驚きの顔で立ち尽くす。
「あ、あんた何してるのよ。」
「視察。」
「しさつ?何の?」
「おまえの。」
「………。」
口をパカパカさせながら、その先の言葉が出てこないつくしに、ニヤリと笑いながら言ってやる。
「残業なしで定時で帰るぞ。」
「何言ってんのあんた。」
「おまえら親子に夕飯おごってやる。」
ようやく思考が追いついてきたらしいつくしの感情は困惑から怒りにシフトされた。
「突然来て頭おかしいの?バカっ!定時で帰れとかご飯奢るとか、誰も頼んでないし。さっさと帰りなさいよ!」
「帰れねーの。」
「…はぁ?」
「ここまでタクシーで来たけど、待ってれって言ったのに運転手のヤロー帰って行きやがった。」
「。。。」
絶句したあと、
「なんでよ、なんでこんな所にタクシーで来るの?見ればわかるでしょ、ここは荷物を積んだ大型トラックか、この辺で働く従業員たちの車しか通らないような場所なの。バスだって通ってないし、タクシーなんて見かけたこともないわ。」
と、呆れたように話す。
「俺、帰れねーじゃん。」
「そう、残された手段はヒッチハイクだけ。」
「やってみたかったんだよ人生で初めてのヒッチハイク。」
おどけて見せたが、冷酷な目で俺を見つめるつくし。
どうやらふざけすぎたようだ。俺を睨みつけたあと、つくしは無言で建物の中に消えていっちまった。
やりすぎたか。帰れなくなったのは本当だ。こうなったら西田にでもヘルプするしかねーか。
仕方なく建物を後にしてとぼとぼと歩き出した時、後ろからカツカツカツカツ…と走ってくる音がしたと思った瞬間、背中の辺りに強い衝撃が走った。
「痛てぇ。」
振り向くと、赤いチェックのトートバッグを振り回すつくしが立っていた。
「相変わらず乱暴だな。」
「あんたに比べたら可愛いもんよ。」
そう言ったあと、つくしが俺に小さな物を投げつけてきた。咄嗟に受け取り手の中を見ると、車のキーだった。
「そこの駐車場の1番奥から3台目に止まってるシルバーのSUV。あと1時間で終わるから、車の中で待ってて。」
「マジか、サンキュー。」
「説教されるの覚悟しておきなさいよ。」
その言葉を吐きながら建物に小走りで戻っていくつくしを見ながら俺は呟いていた。
「久しぶりに言われたな、その言葉。」

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