絡まる赤い糸 13

絡まる赤い糸

どこから手をつければいいか…と考えると、やはり執事の坂東の周辺を調べるべきだと行き着く。

坂東は俺が物心ついた時から道明寺邸で働いていた。歳は50代半ば、親父やババァと同じくらいだろうか。

次の日、俺は道明寺邸に関する資料が置かれている書斎に足を踏み入れていた。ここに入るのは初めてだ。

なぜなら、ここは親父の執務室の奥にあるから。

1ミリも狂うことなく整然と並ぶファイルにはラベリングがしてあり、年代別に分けられている。

その中から、1990年代〜と書かれたファイルを俺は取り出した。

道明寺邸で行われたパーティーの出席者名簿や邸の改修工事の図面、車や自家用ヘリに関する整備資料など細かなものまで保管されている。

その中に、人事に関する資料を見つけた。1995年に執事見習として坂東の名前が初めて記載されている。坂東が25歳の時だ。

そして、2000年以降のファイルにはパーティーの執事担当として彼の名前が多く記載されている事から、かなり早い段階から仕事が出来る男だと認知されていた事が分かる。

その資料の中でも、俺が驚いたのは、親父が坂東の肩に腕を回し仲良さげに撮られた写真が数枚出てきたことだ。

プライベートではあまり写真に写りたがらない親父が、こんな風に満面の笑みでしかも自ら腕を回しているなんて。

ババァの忠実な家臣だと思っていた坂東だが、俺の勘違いかもしれない。坂東を可愛がっていたのはババァよりも親父の方だろう。

2000年代のファイルをしまい、次は2010年以降のファイルを手に取った。そのファイルの中にある人事資料には2019年に一身上の都合により坂東が退職したことが小さく記載されていた。

こんな資料だけでなにかが分かるとは期待していなかったが、俺が得たのは坂東が邸に来た年と去っていった年だけ。20年以上働いていた執事頭の歴史はあまりにも簡素すぎた。

こうなったら、最後の手段である邸の史跡ともなりつつあるあの人に聞くしかない。

俺は見ていたファイルを全て棚に戻すと、今度は邸の1階にある和室へと向かった。

トントン…

21時をすぎた時間。もしかしてもう寝ただろうか?と思ったが、予想に反してすぐに、

「はいはい、今開けますよ。」と中から声がした。

そして勢いよく開いた扉から顔を出したのは、

「どうしたんですか、坊ちゃん!」と驚くタマ。

「久しぶりにタマの苦ぇお茶が飲みたくなってよ。」

「なんですか突然。お茶ならお部屋にお持ちしますから、」

慌てたように真っ白なエプロンを付けようとするタマに、「タマに聞きたいことがある。ここで飲ませてくれ。」

そう小声で伝えると、一瞬不安そうな顔をしたあと、

「どうぞ、お入りください。」

と、扉を大きく開けた。

タマの部屋は特別仕様で一段上がったところから畳が敷かれ和室仕様になっている。

そこに置かれたこじんまりとしたちゃぶ台のようなテーブルにタマが入れてくれた緑茶が運ばれてきた。

それをお互いひとくち飲んだあと、

「それで、私に聞きたいことってなんですか?」と、タマが言った。

「坂東について知っている事をなんでも聞かせて欲しい。」

「坂東?」

「ああ。2年前に邸を辞めていった執事頭の坂東だ。」

そう言って俺は、親父と坂東が仲良く映る数枚の写真をタマの前に置いた。

すると、タマの表情がたちまち不安げに曇る。それはタマが間違いなく何かを知っているという証拠だ。

「坊ちゃん、なぜ彼のことを知りたいのですか?」

「つい最近、ある所で奴を見かけたんだ。かなり意外な所だったから気になって。」

「……元気にしてましたか?」

「ああ、少なくとも見た目は元気そうだった。タマ、今は詳しくは言えねぇけど、坂東に関してちょっと気になることがある。だから、教えて欲しい。」

「何をお知りになりたいのですか?」

「簡単に言えば、坂東がこの邸に来た経緯と辞めていった理由。」

秘書の西田が持ってきた坂東に関する調査書はかなり細かく調べあげていて役に立ったが、坂東と邸の中で過ごす時間が長かったタマはそれ以上に詳しいだろう。

「彼は楓奥様のご実家の推薦で邸に来ました。」

「ババァの実家?」

「はい。坂東家は代々、楓奥様のご実家である西条家の家臣でした。楓奥様がご結婚されたあと、一時期こちらの人手不足で西条家から手伝いに来てもらっていたこともあり、確か20代後半の頃に正式に道明寺邸で執事として雇われることになりました。」

「資料には25歳となっていた。」

「そんなことまでお調べになったんですか。」

「仕事っぷりはどうだった?」

「大変真面目でした。何事も丁寧で仕事も早く、お客様への対応も完璧でした。」

「家族は?」

「独身です。旦那様が何度か縁談話を持ってきていましたが、全てお断りされていました。」

「なぜだ?もしかして遊び人か?」

「いえ、そんな風には…」

「ノーマルじゃねーのかもな。」

そう言って思わず俺がニヤッとすると、少し考えたあと、「坊ちゃん!!」と怒り出すタマ。どうやら老いぼれババァでも意味は分かるらしい。

「仕事がデキル男で独身。なら尚更、50代半ばでなぜ仕事を辞めた?」

道明寺邸を去って石橋家に入った理由が分からない。

「それは、…分かりません。ただ、」

「ただ?」

なかなかその先を言おうとしないタマをじっと見つめると、タマが深くため息をついたあと言った。

「坊ちゃんだから話すんですよ。絶対に他言しませんように。」

「ああ、分かってる。」

「旦那様となにかあったようです。」

「親父と?」

「はい。彼が辞める1か月くらい前だったと思いますが、旦那様の書斎で夜遅く坂東氏がかなり叱責されていたことがあります。旦那様がそんな風に声を荒らげるのをタマは初めて見たので、とても驚きました。」

「理由は?」

「そこまでは…。でも、旦那様はそのだいぶ前から何かを掴んでいたのかも知れません。今までそんな頼み事をされた事は無かったのに、坂東氏が辞める3年ほど前から私に時々頼み事をされまして。」

「どんな?」

その先を早く聞きたいのに、タマはなぜか言い渋り迷っているようだ。タマにだって守秘義務はある。親父はタマの雇い主だ。簡単に口を割らないのはタマの仕事に対するプライドだ。

「言いたくないなら言わなくていい。ここまでの話だけでも十分だ。」

俺がタマにそう伝えると、タマは少し考えて、

「旦那様、申し訳ありません。」

と呟いたあと、

「ある時、旦那様から2つの頼み事をされました。

ひとつは、旦那様が4年前に2ヶ月ほど出張に行かれた際、行き先はニューヨークだと言っていたのに、途中着替えなどの荷物を送る際の住所がロサンゼルスのペンション宛にして欲しいと言われました。てっきり椿お嬢様にでも会いに行ったのかと思いましたが、旦那様からその時、自分がロスに居ることは椿お嬢様はもちろん誰にも言わないようにと口止めされました。」

ロスのペンションと聞いてピンときた。俺がこの間ロスに言った時、ペンションを契約する際、オーナが言っていたのを思い出した。

4年前に親父が一人で2ヶ月ほどここを借りていたと。

「それと、もうひとつは…、邸に届く予定の郵便物を誰の目にもとまることなく旦那様の書斎に運ぶように指示されたことです。」

「郵便物?」

「はい。遺伝子情報解析センターから送られてくる郵便物を…と頼まれました。」

「遺伝子…解析…?」

予想も付かなかったワード。それが何を意味するのか全く検討もつかず、俺の頭は真っ白になった。

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