絡まる赤い糸 12

絡まる赤い糸

石橋家のパーティーを終え道明寺邸に戻ると、スーツを着替えることも無くソファーで目を閉じ、自分の考えに集中させる。

坂東と繋がっているのは石橋夫妻ではなく娘の希美だ。だとしたら、何が目的なのか。

考えられることはひとつしかない。

俺と結婚し、道明寺家の嫁になること。

ただ、それには引っかかることもある。

希美のような小娘に、坂東が簡単に操られるだろうか。

道明寺家の執事として信頼も厚く仕事も出来る男が、希美と手を組んだとしてなんのメリットがあるというのだろう。

考えれば考えるほど思考がまとまらず、振り出しに戻ってしまう。

「結局、全て俺の勘違いで考えすぎなのか。」

重たい頭痛に襲われそうで、首を左右に大きく回した時、暗い室内にぼんやりと灯りがともった。

サイドテーブルに置いた携帯が光ったのだ。こんな遅くに?と思いながら立ち上がり携帯の側まで行くと、画面には

『昨年のあなた』という文字と共に昨年の今日撮った心愛の写真が流れてきた。

昨年の今日は心愛がロスから帰国していて道明寺邸でクリスマスまでの1週間を過ごしていた。その時に撮った写真が携帯の機能により勝手に流れてきたのだ。

心愛の少し幼い顔を見ながら思わずクスッと笑った後、俺は唐突にあることを思い出した。

つくしと会ったあの日、あいつはおかしなことを言っていた。

つくしが昔使っていた携帯を俺が持っていったと勘違いしていた事。

そして、その時期同じく俺の携帯も紛失していた。

偶然か?それとも俺が忘れているだけで、本当は俺が持っているのだろうか。

もう既に23時半を回っていたが、気になり出すと目が冴えてきた。

俺はネクタイを首から外し、スーツを脱ぎ捨てると、邸の西側にある昔使っていた書斎へと走った。

……………

この書斎に入るのは何年ぶりだろうか。

つくしと離婚する前はこの書斎を含む西棟が俺たちふたりの住まいだった。

当時使っていたリビングルームやベッドルームの家具は全て撤去させたが、この書斎だけは仕事関係のものが捨てられず、ほぼ手付かずで残っていた。

その書斎へ1歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気に包まれ思わず身を縮める。壁一面にある本棚には仕事関係の書類やその頃愛読していた経済誌、宗教関係の書籍などが並んでいる。

俺はそれには目も向けず、真っ直ぐにデスクへと向かった。

デスクの一番下の引き出し。

そこを引っ張り出すと、いくつかの手帳と携帯電話が入っていた。

つくしと離婚した5年前、俺はプライベート用の電話と仕事用の電話の2つを持っていたはずだ。そのプライベート用の電話が紛失したと思っていたが、その記憶通り、引き出しに残っていたのは仕事で使っていた携帯だけ。

下の方までゴソゴソと調べてみたが、つくしの携帯らしきものはなかった。

やはり自分の記憶に間違いはないのだと安堵したあと、そこにある当時使っていた数冊の手帳をパラパラとめくってみた。

そして、俺の手が止まる。

手帳の間に挟まれていた写真。それは、結婚して初めて迎えた正月、2人で神社に初詣に行った時に撮った写真。バレンタインデーになかなか予約が取れないレストランでディナーをした時の写真。夜桜を見に夜中に邸を抜け出した時の写真。他にも何枚も何枚も……

あの頃、つくしとの思い出なんて全部捨ててやると自暴自棄になっていたのに、結局捨てきれなかったのだろう。

こんな大事に手帳のカバーに挟むように取ってあるなんて。

思わずクスッと笑ったあと、俺は天井を見上げるように深くため息をついた。

そして、小さな声で自分自身に呟く。

「ったく、幸せそうに笑ってんじゃねーよ。」

写真の中の俺は、毎日鏡で見ている自分とは別人のように、幸せそうに笑ってやがる。

俺はズボンのポケットから携帯を取りだした。そして、何も考えずある番号を素早く押した。

多分1度でも迷っていたら一生押すことが出来ない番号だから。

いくつかの機械音を挟んだ後、

「HELLO」

と、相手が出る。

「つくし。」

「っ!…司?」

「ああ。」

「なんでこの番号を?」

「忘れたのか?俺に調べられねーことなんて無いって事。」

「偉そうに言うんじゃないわよ、れっきとした犯罪だからね。」

こいつのこういうテンポのいい返しは昔と変わっていない。

「何してた?」

「1日のうちで1番忙しい時間なの。切るわよ。」

「待てって!」

「なんか用?」

そう言いながら、電話の向こうで(冬李、朝ごはん食べなさい!)と息子に向かって話すつくし。

日本はもうすぐ24時だが、ロスは朝の8時頃。ちょうど出勤と通学の時間帯なのを忘れていた。

「悪かった。またかけ直す。」

素直に謝って電話を切ろうとすると、

「なによ、……気になるじゃない。」

と、呟くつくし。

この女は、昔からツンの後に最大のデレを発動させる。それは今も変わっていないらしい。そして、自分ではそれに気づいて居ないのが厄介だ。

言われた方の俺は、少しの酒と深夜という時間も相まって、バカみてぇに身体が疼く。

「何時だったら話せる?またかけ直す。」

そう言ったあと、断られるのを回避するため、

「大事な話だ。」と付け加えてみる。

すると、

「…20時以降なら冬李も寝てるから」

と。

「OK、じゃあな。」

そう言ったあと、昔と同じようにつくしが電話を切るのを待つ。

そして、携帯からツーツーという切れた音が響いたのを確認したあと、俺は見つけた数枚の写真を持って西棟の書斎を出た。

つくしに大事な話があるといった手前、この数時間で何か情報を掴まなければ。

そう頭を抱えながらも、深夜の道明寺邸の廊下で俺の足は軽やかだった。

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