婚約して3年目で初めて石橋家の門をくぐった。
石橋家は曽祖父の代に石橋産業を創設、その後、祖父は政界にも手を広げ官房長官にまでのし上がった人物だ。
曽祖父と祖父で約80年余り日本を代表する企業として名を馳せ、現在はその息子である石橋まことに引き継がれている。
石橋の曽祖父が手がけた石炭石油事業は今でも国内流通のシェア8割を確保しており、そこは道明寺家にとってもかなり魅力。さらに石橋家には希美という一人娘しか跡継ぎが居ないというのもプラス要素だ。
俺と一人娘の希美が結婚して子供でも生まれれば、実質石橋家の家業は道明寺家のものになるだろう。
そして、石橋家としても新たな事業を展開していきたい今後のために、道明寺家との縁談は願ってもいない大チャンスなのだ。
そんな石橋家の娘である希美は、一言でいうと「見た目のいいピーマン」だ。外見はピカピカと手入れされているが、中身はすっからかん。米国の名門大を卒業したとされているけれど、実際は金で卒業証書を買ったと俺は思っている。
でも、ババァからしてみると、そんな女だから気に入ったのだろう。経営にあれやこれやと口を出してくる妻よりも、パーティーの時に隣にたちニコニコと愛想だけ振舞っているだけの方が扱いやすい。
毎年開かれる石橋家での年末ホームパーティー。約200人が招待されていて盛大なもの。
いつも直前でドタキャンする俺だが、今年は目的がある。
「いよいよあなたも身を固める気になったようね。」
嬉しそうなババァをエスコートしながら石橋家に乗り込んだ。
パーティーは想像以上に華やかだ。道明寺邸に引けを取らないほど装飾品なども優れている。壁にかけられている絵画だけでも総額数億円になるだろう。
パーティー会場の中央には今日の主役である石橋夫妻が来客に囲まれて談笑しており、その横に希美もいる。
俺とババァに気付いた希美が、
「司さん!」と目を輝かせて飛んできた。
「来て下さったのね、嬉しいわ!お義母さまもありがとうございます。」
ババァのことを「お義母さま」と嫁気取りで呼ぶ希美。かつてつくしに同じように呼ばれていたのを思い出す。
そんな些細なことでもイラッとくるのに、これから約2時間このパーティーで過ごすことが出来るだろうか、と考えたが、今日の目的を頭にもう一度叩き込む。
道明寺家の執事だった坂東は本当に石橋家にいるのか。それをこの目で確かめたい。
坂東のことは色々と調べたが、かなり慎重に動いているようでシッポを掴めない。執事は秘書とは違い邸の外にはほとんど同行することがないので、パーティーなどでも見かけたという情報はなかった。
こうなれば、石橋家の内部に入れる今日、何らかの情報を得て帰りたい。
そして、パーティーが始まって1時間ほどした頃、俺は動いた。
トレイにドリンクグラスを5つ乗せたバンケットスタッフが横を通りかかった時、俺はわざと大袈裟に肘を伸ばし携帯をポケットから取り出す動作をした。
案の定、スタッフが持つトレイと俺の肘がぶつかり、細長いグラスが不安定に揺れる。そこに追い打ちをかけるように、助けるふりをしてトレイを両手で傾けると、見事に俺のタキシードに全てのドリンクがぶちまかれた。
ガシャガシャーン
派手な音と共に床にグラスが落ちる。
「申し訳ありません!!」
顔面蒼白で慌てて駆け寄るスタッフに、
「気をつけろよ、どうしてくれるんだよ。」
と、大袈裟に怒鳴ってみせる。
その騒ぎに石橋夫妻も駆けつけてきて、
「まぁ、司さん、大変!うちのスタッフが粗相をして申し訳ありません。直ぐに着替えを用意させるので、どうぞ奥の部屋に。」
と、俺の背中を押す。
第一段階は成功か。
ここからもう一押しだ。
奥の部屋に行くと、まもなく着替え一式が運ばれてきた。
「私の物なので丈が少し短いかもしれないけど、」
と言って手渡されたのは父親の石橋まことのスーツ。彼とは体格も似ているから問題ないだろう。
でも、そのまま着るのでは計画が台無しだ。
「他人が手を通したものを着るのは抵抗がありますので、このまま帰らせて頂きます。」
ときっぱり断ると、
「いや、それは……、」
と、石橋夫妻が困った顔をする。なぜなら、パーティーの最後で俺と希美を2人ステージに上がらせ招待客に婚約者だと正式に発表する予定でいたからだ。
「すぐに新しいスーツを用意するから、」
「いや、結構です。スーツは決まった店のオーダーものしか着ないので。店はここのすぐ近くなのでうちの執事に連絡して届けさせたいけれど、あいにく執事が休みを取っていて不在なんですよ。」
「それなら、うちのスタッフに取りに行かせよう!!」
「いや、それが、そこの店主がわからず屋のじじいでして、知らない客には扉さえもあけない。道明寺家のスタッフでも歴代の執事にしかスーツを手渡さなかった頑固もんで。確か、前にいた坂東という執事がそこの店主と仲が良くて……」
そこまで言って奴らの様子を見ると、意外にもあっさりと、
「坂東ですか?それなら、今うちの執事として働いています。」
と、石橋の妻が言う。
てっきり坂東を引き抜いて悪巧みをしたのはこの夫妻だと思っていたから、この反応は拍子抜けし、俺の勘違いか?とも思ったが、
連れられてきた坂東の表情を見て、やはりなにか裏があると感じる。
明らかに俺に会いたくなかったようで、
「坂東さん、お久しぶりですね。」と声をかけると、目を伏せ気まづそうな顔をする。
そして、そこに希美が現れて俺は理解した。
坂東と繋がっているのは石橋夫妻ではなく、娘の希美だ。頭が空っぽで何も考えていなさそうなこの女が、もしかしたら一連の黒幕かもしれない。

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コメント
だんだん、面白くなってきましたね
凄く楽しみにです