その一週間後、俺は日本に帰国していた。
年末までロスで過ごすと話していたのに、急に日本に帰ると言い出した俺に、
「やっぱりあんたに心愛のお守りは無理だったのね。」
と、姉ちゃんが呆れて言う。
「ちげーよ。やり残した仕事を思い出した。」
「リモートワークで出来るって言ってたじゃない。」
「急用なんだ。」
姉ちゃんはへぇ〜と半信半疑の顔をしつつ、
「石橋家の年末のパーティーにも顔を出すんでしょ?」と聞いてきた。
3年前、俺は石橋家の一人娘の希美(のぞみ)と婚約させられた。婚約と言っても誓約書を交わした訳ではなく、両家の親が勝手に推し進めているもので、まだ正式では無い。
けれど、噂は人から人へと広がり、今では周知の事実となってしまっている。その石橋家が毎年年末に業界内の重鎮たちを招き邸宅でパーティーを開くのだ。
婚約して3年目、俺も毎年招待されているが、一度も顔を出したことは無い。婚約者気取りでベタベタと付きまとう希美にもうんざりだし、いつするかも分からない結婚式の話しで周りが盛り上がっているのを見るのもしんどい。
「去年も行くって言って当日にすっぽかしたでしょ。お母様が私にまで電話してきて、怒り散らしてたわよ。今年はきちんと顔くらい出しなさい。」
姉ちゃんにそう念を押されて俺はロスを後にした。
………………………………
日本に帰国して直ぐに取り掛かったのは、道明寺家の執事だった坂東について調べることだった。
秘書の西田に、「秘密裏に動くように。」と命じると、1週間ほどで調査書がデスクの上に置かれていた。
約13年間道明寺家の執事として働いていた坂東健二は、2年前に執事を辞め、確か孫が住む田舎で隠居生活をすると言って道明寺家を去って行ったはずだが、
西田が持ってきた調査書を見て、俺は目を疑った。
そこには、道明寺家の執事として働いていた時と同じ上品な黒いスーツをピシッと着こなし、書斎のような場所で打ち合わせをしている様子が写っていた。
そして、その打ち合わせをしている人物とは、なんと、石橋家の主である石橋まことだったのだ。
「西田、これはどういうことだ?」
「公の場には一切出てきませんが、今は石橋家の執事頭として働いているようです。」
「いつから?」
「正確には分かりませんが、道明寺家を出てすぐだと思います。」
「フッ……引き抜きか?いや、その前から繋がってたとか?」
口に出して見るが、それが何を意味しているのか……、頭の中の整理が追いつかない。
すると、西田もこの状況を把握出来ないのか、不審な顔で聞いてきた。
「司坊ちゃん、坂東氏の何をお調べですか?」
「……西田、道明寺家で働くスタッフの人事は誰が担当してる?」
「人事……、それは執事頭に一任されているはずです。」
「ということは、ドライバーの採用も坂東に任せてたって事だよな?」
「えー、まぁ。……坊ちゃん、まさか、あの時のドライバーの件を?」
さすが勘が鋭い西田。
「人事は坂東に一任していたって事は、採用は自分の私利私欲でどうにでもなるってことだろ。」
「私利私欲……、もしそうだとしても、坂東氏にどんな欲があるんでしょう。」
「西田、これは偶然だと思うか?」
「と言うと?」
「ある執事頭が採用した若いドライバーの男が、家主の妻に手を出した。あの手この手で家主と妻を別れさせる事に成功。妻が出ていったあと、その座を狙う婚約者が現れるが、その背後にまたも同じ執事の姿が……。」
「坂東氏が石橋家に操られてるとしたら、ありえないことではなさそうですね。」
西田がメガネをグイッと上げて目を細めた。
「西田、今年の石橋家のパーティー、出席で出してくれ。」
「承知しました。」
一礼してオフィスを出ていく西田を眺めたあと、
俺は手帳を開き、パーティーが開かれる12月18日の日付に赤ペンで二重丸を書き記した。

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コメント
更新ありがとうございます
首を長くして待ってました