「ピザがいい」
男の子のリクエストに応えて、俺はすぐにピザのデリバリーに電話をかけた。アメリカンサイズのピザは想像以上にデカいだろうと予測してMサイズを2枚と、他にもポテトを頼む。
「困ります。」
と、遠慮するベビーシッターを横目に、
「そのままあなたを帰したって言ったら、姉に殺されかねないので。」
と、冗談のような本気のような言葉を言った時、邸の駐車場に車が入ってくるのが見えた。
姉ちゃんが帰ってきたようだ。その音に、今までソファで眠っていた心愛が目を覚ます。
「ママは?」
「今帰ってきたぞ。」
そう言ったのと同時に邸の玄関ドアが開き、
「ただいま、遅くなりました。」
と、息を切らせた姉ちゃんが飛び込んできた。
「花江さんっ、今日は本当にありがとうございました。」
「いえいえ、こんな時くらいお役に立てれば幸いです。」
「司もありがとうね。心愛、痛みはどう?」
そう言ってソファに座る心愛に目を移した時、姉ちゃんの顔色が変わった。
「⋯あなたは、」
花江さんの後ろに隠れるようにして立っていた男の子に視線が止まる。
「あ、申し訳ありません。急なご依頼だったもので、いつも預かっているこの子を置いてくることが出来ず、ここに連れてきました。」
花江さんが説明するも、なぜか姉ちゃんの目はじっとその子を見つめたまま動かない。
「姉ちゃん?」
「⋯あっ、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって」
「すみません、もう失礼致しますので」
「いや、今頼んだピザが来るだろ。」
「ピザ?」
姉ちゃんが俺に聞き返す。
「せっかく来てもらったし、心愛のためにスープも作ってくれてるから、夕食はここでって。こいつがピザが食べたいって言うから、テキトーに頼んでおいた。」
そう言って、花江さんの後ろに縮こまるように立っているガキの頭をガシガシ撫でてやると、擽ったそうに笑う。
と、その時、邸のチャイムが鳴った。ピザの配達だろう。
俺が受け取りに行くと、その横に嬉しそうに男の子も付いてくる。どうやら、俺に懐いたようだ。
「おまえ、名前は?」
「とうり。」
「とうり?変わった名前だな。」
「冬に生まれたから、ママがそう付けたんだ。」
「へぇ、何月生まれ?」
「12月。ママと誕生日も一緒!」
「まじかっ、すげーな。」
「うん、俺とママは運命共同体なんだ。」
運命共同体⋯その言葉に、俺の手が一瞬止まる。俺もかつてその言葉を捧げた相手がいる。出会ったことが運命で、俺の人生の全てをかけて守りたい、そう思えた相手。
「おじさん?」
「あっ、悪ぃ。さぁ、ピザ食うぞ。」
「うん。」
一瞬、昔の記憶に引き戻されそうになったが、何とか耐えた俺は、アメリカンサイズのバカでかいピザを持ってリビングへと向かった。
………………
スープとピザ、簡単なサラダを囲み、夕食が始まった。心愛はとうりに懐いていて、ずっと隣から離れない。
「珍しいな、心愛がこんなすぐに仲良くなるなんて。」
俺がそう言うと、
「この子は誰とでも仲良くできるんです。」
と、花江さんがガキを見つめて目を細める。
そんな2人の子供たちを見る姉ちゃんの表情が、浮かないのは疲れているせいか。
それから少しして、花江さんの携帯がなった。
「この子の母親の仕事が終わったそうなので、そろそろ私達も失礼致します。」
時計を見ると、19時を少し回ったくらいだ。
これくらいの子供にとって、この時間まで母親と離れているのは辛いだろう。
「いつもこんな時間に?」
何気なく聞くと、
「司っ、失礼よ。」
と、姉ちゃんが険しい顔で止める。
「なんだよ、ちょっと気になっただけだろ」
俺たちの不穏な空気を読み取った花江さんは、
「ちょうどこの辺りがこの子の母親の仕事場への通り道なんです。そろそろその辺まで来ていると思うので、私たちはこれで。」
と、丁寧に頭を下げる。
「花江さん、ありがとうございました。」
姉ちゃんと心愛そして俺は、花江さん達が乗ってきた車が置いてあるガレージまで見送る。
「またな、とうり。」
「うん。さようなら。」
手を振るとうり。また会うことはきっとないだろうが。
そして、とうりが車に乗り込もうとしたその時だった。黒い車が通りの向こうに止まるのが見えた。
「あっ、ママだ!」
そう叫ぶ、とうり。
そして、その車から降りてきた人物を見て、俺は心臓が止まるほど驚いた。
それはきっと、俺だけじゃなかったのだろう。その人物もまた、息子を笑顔で見たあと、俺たちに気づき頭を下げようとした瞬間、目を見開いて固まった。
「つくし⋯?」
俺は自分にだけ聞こえるほどの小さな声で呟いた。
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