昨夜は勢いで司の言葉に「お願いします」と飛びついたはいいけれど、一夜明けて冷静になって考えてみるとまずい気がしてきた。
司を連れてロスに帰れば、もしも万が一つくしちゃんに遭遇してしまうことがあるかもしれない。
何年も暮らしている私でさえ今まで出会わなかったのだから、その確率は100分の1、いや100万分の1以下だということは分かっているけれど、それでもゼロではないのだ。
司の心にまた波風を立てたくはない。
心愛が起きてくる前に、もう一度司と話し合おう。そう思い、司の部屋をノックすると、直ぐに返事が返ってきた。
「おはよう、早いのね。」
「8時だぞ、いつも通りだ。」
「二日酔いは大丈夫?」
「ああ。」
司はデスクで何やらパソコンの画面を見ている。
「あのね、司。昨日の話だけど·····、」
「おう、その事で俺も姉ちゃんに話したかったんだ。年末までの3ヶ月間、ロスで過ごすにはホテルは使いづらいと思ってペンションを借りることにした。」
「ペンション?」
「ああ。昔、よく親父たちと長期で泊まったペンションあっただろ?そこなら姉ちゃんの家とも離れていないし、リモートワークの環境もいい。」
「··········。」
「なんだよ、反対か?」
「いや、そうじゃなくて。·····本当にロスに来るの?」
「来なくていいって言うなら、行かねーけど。」
そう、少し拗ねたように言う弟が可愛い。
思わずクスッと笑うと、司も腕を天井にのばしながら、
「働き詰めだったから、少しの休暇だと思って心愛とゆっくり過ごすよ。」
と、笑う。
その笑顔を見ていると、自分の心配は杞憂だと思えてきて、
「心愛が起きたら、朝食にしましょう」
と、司に伝えた。
····················
今日の朝早く、メールで連絡しただけなのに、さすがにセレブたちを相手が相手の高級ペンションを管理する会社は仕事が出来る。
「今日の夜から使いたい」と伝えると、担当者が鍵を持ってペンションの前で待っていた。
「こんにちは、ミスター道明寺。」
「急で申し訳ない。」
「とんでもありません。お父様はお元気ですか?」
「ええ。」
「4年ほど前にこちらのペンションをお使いになって頂きまして·····」
「·····父がですか?」
「はい、そうです。2ヶ月ほどいらっしゃいました。」
初耳だ。心愛に会いに来たのだろうが、わざわざホテルではなくペンションを借りて2ヶ月も滞在したとは聞いていない。ロスで仕事の案件があったのだろうか、それなら俺も聞いているはずなのに。頭の中に小さな疑問が湧いたが、それも直ぐに消えた。
「ミスター道明寺、こちらが鍵になります。何かお申し付けがありましたら24時間いつでも遠慮なくご連絡下さい。」
「ありがとう。」
鍵を受け取りペンションの中に入ると、一気に懐かしさが込み上げてくる。小さい頃によく家族で来た。親父やババァは仕事のためだったのかもしれないけれど、いつも日本に残されていた俺にとってはここで過ごす数日間はまるで家族旅行のようで胸が高なった。
広々としたリビング。大きな暖炉があり、壁にはミニシアターでも開けそうなくらいの大きなモニター。隣の部屋にはゆったりとした木製のデスクがあり、日本のオフィスよりも倍は仕事がはかどりそうだ。
そして、廊下の先にあるベッドルーム。キングサイズのベッドは真っ白なリネンで当一されていて清潔感がある。
早速、着てきたジャケットをクローゼットにかけ、ベッドの上にあるガウンを身につけると、キッチンにあるミニバーからビールを取り出す。
寝る前になると必ず1杯アルコールを身体に入れる。その方が寝つきがいいからだ。どんなに仕事で疲れていても、ベッドに入るとほんの少し孤独感が押し寄せてくる。
それは、一時でも幸せという感覚を味わってしまった故の代償だというのは分かっている。再婚すればいいだろ?と自分でも思うが、どうしてもそういう気になれない。
何故なのか·····それを深く考えないためにもアルコールは必要なのだ。
今日も1杯身体に染み込ませて、明日からは心愛のベビーシッターとして働くとするか。
こうして俺のロスでの短いバケーションが始まった。それは、絡まった赤い糸が少しずつ解けていく始まりでもあった。
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