夕方5時を過ぎた頃、ようやく人気作家の類が俺たちのいるバーにやってきた。
「遅くなって悪い。」
「おつかれ〜。すげぇ、人気じゃん。」
「サイン会なんてしなくていいって言ってんのに、出版社側が毎回うるさいんだよ。こんな事なら顔出しNGにしておけば良かった。」
そう言いながら、俺の正面に座り革のジャケットを脱ぐ類。
「何言ってんだよ。作家なんてあっという間に廃れていくんだから、人気のあるうちが花だろ。」
「俺は書きたい時に書きたいのっ。誰かに書けって言われて書けないよ恋愛小説は。」
「ぶはっ·····確かにな。愛だの恋だの常に書くのはしんどいか。」
久しぶりに会ったというのに、相変わらず俺たちは流れるスピードで会話が弾んでいく。
そうしてつのる話をしながらしばらく呑んだ頃、
「そういえば、司。奥さんとこの間会ったよ。出版披露パーティーで。」
と、類が言う。
「奥さんって·····うぷぷぷっ」
俺の顔を見て笑うあきらと総二郎。
「その呼び方やめろ。」
「だって、婚約して3年だろ?もうそろそろ奥さんになるのかなぁと思ってさ。」
この天然無垢の男は相変わらず空気を読まずズケズケと言いたいことを言いやがる。
でも、この話題に対して言い返す気力は無い。
「どうにでも言えよ。」
そう呟いてハイボールをガブッと飲み干すと、類が俺の顔を真剣に見つめながら言った。
「司にさぁ、恋愛作家として聞きたいんだけど。牧野は本当に浮気をしたの?」
唐突に突き付けられた質問。俺よりも先に反応したのはあきらだった。
「類っ。やめろ。」
「どうして?もう5年以上前のことだよ。それに、あきらと総二郎も聞きたいんじゃないこの事。」
「··········。」
「司、あの時、何があったんだよおまえと牧野に。どうして牧野は司を裏切った?」
こいつらにあの頃のことを話すのは初めてだ。いや、こいつらだけじゃなく、今まで誰にも話さずにきた。それだけ思い出したくもないし、記憶から消し去りたい過去。
「わりぃ、先に帰る。」
「司っ!」
「思い出したくねーんだよ。」
「後悔してるからか?」
「ちげーよ!今でも許せねぇからあいつを。俺に隠れて、邸のドライバーと浮気してたんだぜ。あいつがそんな女だとは思ってもいなかった。」
そう怒鳴るように言うと、周囲に座っていた客たちが眉をひそめて俺たちの方を見る。
日本語だから内容までは伝わって居ないだろうが、これ以上大声を出すと店から締め出されるだろう。
深くため息を着くと、俺はもう一度椅子に座り直し、類を見つめる。その目は真剣で、まだ逃げるのか?と語っているようだ。
「聞きたいことがあるなら聞けよ。俺とつくしに何があったか、なんでも答えてやる。」
離婚してから初めて、「つくし」と別れた妻の名前を口にした。
「·····浮気を知ったのはいつだ?」
あきらがポツリと言う。
「結婚して1年半。あの男が邸に来て半年位たった頃。」
「きっかけは?」
「俺のオフィスに封書が届いた。中は20枚近くの写真。男と2人で海岸を歩いていたり、邸の中庭で抱き合っていたり。決定的なのはそういう系のホテルの駐車場に入っていく車が写っていた。」
「相手はあのドライバーだろ?牧野がそんなやつに引っかかるとは思えねーけど。」
「その前から俺の仕事が忙しくて日本を離れていることが多かったから、その間に親しくなったんだろ。俺が留守の間に、俺たちの寝室にも入れてたらしい。」
「あ?マジかよ!牧野に突き付けたのかその写真。」
「ああ。·····ありえねぇ言い訳をしてきやがった。」
「言い訳?」
「俺がNYで定期的に女と会っていることが分かって、それをその男に相談していたって。」
「·····定期的に女と?」
「あるわけねーだろ。おまえらが一番分かってるよな、そんなこと。」
目の前のこいつらが肯定するかのように俺の目を見つめる。
俺はつくしに出会ってからずっとあいつに一途だった。ババァの反対を押しきってまで結婚を決めた。そんな女を裏切るはずがない。
「牧野は浮気を認めたってことか。」
「·····いや。海に行ったり、中庭で話したことは認めた。けど、ホテルに行ったことは最後まで否定した。」
「それでも離婚したってことは司が許せなかったからか?」
「男の携帯から証拠が出た。」
「証拠?」
「俺たちのベッドルームで、乱れた服装で眠るつくしの写真が男の携帯から出てきた。それで、ジ・エンドって、訳。」
思い出したくもない過去だが、いざこうして話してみると、あまりに滑稽すぎて笑えてくる。
愛した女に裏切られ終わりを遂げた結婚生活。
「これでも俺に再婚しろって言うか?俺が結婚に対してどれだけ幻滅してるか分かっただろ。」
「まぁな。·····その後、牧野は?」
「知らねーよ。知りたくもねぇ。」
「だよな。わかった、もうこの話はおしまいだ。」
あきらがそう言いながら、俺のグラスにウイスキーをつぎたす。
俺はそれをグイッと空けたあと、
「もしも、俺の前に現れたら、ぶっ殺してやるあの女。」
と、呟いた。
···············
その夜、だいぶ酔いが回った状態で、NYの屋敷に戻ると、
「つかさ兄ぃー」と甲高い声が響いた。
「おう、心愛元気だったか?」
「くさっ」
会って早々、くさいと言われ苦笑する。
「なによ、どんだけ呑んできたの?」
「あいつらに呑まされた。」
「まったく、いくつになっても悪ガキたちね。」
姉ちゃんにとって俺たちF4はまだまだガキなのだ。
久々に会った姪っ子の顔を見ようと近付くと、なんだか目の周りが赤い。
「泣いたのか?」
「··········。」
「ママに怒られたか?」
頭を軽く横に振る心愛。どうした?と姉ちゃんに目配せすると、
「ちょっとね·····ベビーシッターのことで色々あって。」
と渋い顔をする。
「色々ってなんだよ。また仕事のできねぇベビーシッターが来たのか?」
「違うのよ、その逆。日本人のすごくいい人で、心愛も懐いていて、ずっと来てもらいたかったんだけど、先客がいるからってお断りされたの。もう来てくれないって心愛が知ったら、それからずっと泣いてるのよ。」
「ったく、めんどくせぇガキだな。」
「なによっ、あんただって小さい頃はお母様が居ない時は私にしがみついて泣いてたのよ。」
「うるせぇ、いつの話だよ。」
「来週からプレ幼稚園も始まるのに、このままだとまた家から出ないってグズるわよ。参っちゃったなぁ、仕事が山ほど溜まってるのに。早く新しいベビーシッター雇わなきゃ。」
そう言ってクスッと笑う姉ちゃんは、口では困ったと言いながらも、この状況を楽しんでいるのだろう。
お金ならいくらでもある。家事や育児を手伝ってくれる使用人を何人も雇うのは朝飯前だ。けれど、家のこともほとんど自分でやり、車の運転だって自分でする。
日本にいる時の姉ちゃんとは大違い。いつだったか聞いたことがある。「もっと人を雇って楽をすればいいだろ。」と。
すると、姉ちゃんが言った。
「今までしてこなかったことをしたいのよ。自分の家の模様替えをしたり、季節の衣替えをしたり、スーパーに買い出しに行ったり、子供の送り迎えをしたり。」
そういう当たり前のことをしたい。と。
多分、俺には一生そんな経験は出来ないだろう。だから、せめて姪っ子に尽くすくらいはしてもいい。
「仕方ねーな。俺の仕事も一段落付いたし、年末までゆっくり過ごそうと思ってたから、俺が心愛のベビーシッターになってやるか。」
「え?あんたが?」
「嫌ならいーけど。」
「お願いしますぅ〜。」
ニコニコ顔の姉ちゃんが俺を抱きしめようと近づいてくる。それから逃げるように、俺は叫んだ。
「報酬はしっかり貰うからなっ。」
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少し日本を離れていまして、更新が送れました。ボチボチ再開出来たらと思います。
コメント
お帰りなさい。
毎日更新されてないかチェックしながら待ってました。 だから更新されててすっっごい嬉しいです♡
最近は花男の二次小説の更新が途絶えてる方が多くなり花男ファンの私は残念でなりません( ; ; ) 自分で書くにも文才がないし、作家さん達の都合もあるので急かす事も出来ず…だから続けてもらえるのがすごい嬉しいんです♡♡
『絡まる赤い糸』何がどうなってこうなっているのか…続きを楽しみにしています。
ありがとうございます仕事の関係で少し日本を離れていまして、お待たせしました。ゆっくりですが、続き楽しみに待って頂けたら嬉しいです♡