絡まる赤い糸 2

絡まる赤い糸

あの日から1ヶ月が経ったが、私の頭の中にはあの光景が忘れられない。

花江さんに駆け寄る男の子とその母親。それは間違いなく、つくしちゃんだった。

彼女と最後に会ったのは5年前。銀座の小さな喫茶店で人目を避けるようにして会った。お母様にも司にも知られないように、専用車を使わず自分で電車に乗って移動したのは後にも先にもあれが初めてだった。

辛そうで、でもどこか吹っ切れたような表情のつくしちゃんに、私は「元気でね。」と伝え、本当は言いたかったその先の「また会いましょう」は結局心の中でそっと呟いた。

あれから5年。こんな運命のイタズラはあるのだろうか。ロサンゼルスという私たちにとってもなんの共通点もない土地で、ベビーシッターという想像もつかなかった人を通して、また彼女に出会うなんて。

でも、もしも神様がこんなイタズラをして私の目の前につくしちゃんを現せたのだとしても、私にはどうすることも出来ないのだ。

はぁーーー、と大きくため息を着くと、それを見ていた心愛が、

「ママも悲しいの?」と聞く。

「え?」

「花江さんがいなくて寂しいんでしょ?」

「……ふふ、そうね。悲しいわ。」

「大丈夫。もう少しで帰ってくるから。」

心愛は花江さんが旅行に行っていると疑っていない。もう花江さんと会うことはないと事実を話せば、悲しむだろう。

その事を考えるとまた気が重くなり、心愛にバレないようにもう一度ため息をついた。

そんなある日、私の携帯に司から着信があった。

「NYに用事があって行く。少し時間があるからロスまで心愛に会いに行くつもりだ。」

いつもなら喜んで「おいで。」と伝えるのだが、つくしちゃんの一件があり、司をロサンゼルスに近づけたくない。

だから、

「いいわ、私たちがNYまで行く。」

と、伝えると、司は「OK。日程が決まったら詳細を送る。」と、何も疑わずに電話を切った。

…………………………

バーンズアンドノーブルのユニオンスクエア店。ここはNYで1番大きな本屋だ。

そこで今日、サイン会がある。主役は日本人の恋愛小説家で、8年前にデビューして以来日本だけでなく世界中で愛読者がいる。

本屋は14時からのサイン会にも関わらず午前中から長蛇の列を作り、その長さはメインストリートの端まで続いていた。

その列を眺めながら、俺は「大したもんだなあいつ。」と呟く。

今日、俺がNYに来たのは、この恋愛小説家とこの後飲みに行くことになっているから。NYに拠点を移し執筆活動をしているこの小説家とは幼なじみだ。まさか、あいつがこんな有名人になるとは……。

思わず苦笑すると、背後から、

「司。」

と、俺を呼ぶ声がした。

振り向くと、そこには総二郎とあきらが並んでたっている。

「おう、おまえらも今日来たのか?」

「いや、俺らは昨日の夜こっちに着いて、少し遊んでた。」

と、相変わらず遊び好きのこいつらがニヤリと笑う。

「類に会ったか?」

「いや、人気作家は忙しいから、予定時間にならないと会えねぇってよ。」

そう、人気作家とは俺らの仲間である花沢類なのだ。元々、家にいるのが大好きな類は、無類の本好きだ。その類がいつの頃からか自分でも文章を書くようになり、初めて出した本がまさかのヒット。いまだにロングセラーとなっている恋愛小説なのだ。

あの何を考えているのか分からないような性格の類が、まさか恋愛小説家になるとは。誰も予想していなかっただろう。

8年前にデビューした類は、今では世界中にファンがいて、新作を出すごとに各地でサイン会を開く人気ぶり。

俺らの中で1番の出世頭だ。そんな類と、俺たちの予定がうまく合い、NYで久々の飲み会を開くことになった。

「類と会うまではまだ早いだろ。そこのカフェで少し時間潰すか?」

あきらがそう言い、俺たち3人は本屋からほど近いカフェに行くことにした。

同じ日本にいても俺たち3人はそれぞれ家業を継いでいて、忙しい。ゆっくり話す機会もあまりない。

「総二郎、親父さんの具合はどうだ?」

「ああ、もうすっかり元気だ。癌だって聞いた時は真っ青になったけどよ、最近は癌になる前よりも精力的に活動してる。いつ死ぬか分からないって言いながらな。」

「あきらは?」

「俺のところは、早く孫の顔を見せろってうるさくて困るぜ。妹たちも大きくなったから、親父もお袋も寂しいんだろーな。けどよ、結婚もしてねーのに、孫って言われても困るぜ。」

「世界中に隠し子がいるかもしんねーから、そのうちの1人でも会わせてやれよ。」

「うるせぇ。そんな失敗、俺がするかよ。」

あと2年で30歳になる俺たち。総二郎もあきらもまだまだ結婚は意識していない。

「司は?……そろそろ本格的に話が進みそうか?」

「…………。」

「もう、婚約して3年だろ?相手の方が痺れを切らしてきてるんじゃねーの?」

あきらと総二郎が心配そうに俺の顔を見つめる。

「ババァには、来年には籍を入れろって発破をかけられてる。」

「だろーな。相手はあの石橋家の娘だろ、司のお袋さんが気に入ってる。」

俺は婚約中のあの女の顔を思い出し、苦い顔をすると、あきらが苦笑しながら言う。

「美人だろ、何が不満なんだよ。」

「顔なんてどうだっていい。」

「ブスを相手に同じこと言えるか?美人で金もあっておまえを好きでいる。何を迷う必要があんだよ。」

そのあきらの言い方は、茶化した言い方ではなく、どこか切なく辛そうに聞こえる。

コーヒーカップをテーブルに置き、カフェの外の道行く人に目を向ける。そんな俺を見ながら総二郎がぽつりと言った。

「再婚する気はねーのか?」

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